研究課題
一次繊毛は、血球細胞を除くほとんどの細胞が一本のみ保有するオルガネラであり、繊毛膜に発現する受容体を介して細胞外環境を検知するセルセンサーとして働く。作用機序に謎は多いが、その攪乱は肥満など様々な疾患と結びつく。また、一次繊毛の根元には移行帯と呼ばれるバリア構造があり、繊毛内または膜へ輸送されるのは、幾つかのGタンパク質共役型受容体(GPCR)を含む限られた分子のみである。これまで生命現象の根幹を担う細胞内シグナルの解析は、細胞膜上に発現した受容体を介して研究が進められてきた。これは、培養細胞作出の過程でほとんどの細胞の一次繊毛が退化してしまうことに起因する。しかし近年、摂食に関与する複数のGPCRが細胞膜ではなく、一次繊毛膜特異的に発現するという報告がなされた。そこで申請者は、一次繊毛局在型GPCRの生理機能を真に解明するためには、「一次繊毛という特異なオルガネラに局在する受容体の特徴的なシグナル経路」を明らかにすることの重要性を提唱する。本申請では、一次繊毛を保有する特殊な培養細胞を用いて、強力な摂食調節機構を仲介する一次繊毛局在型GPCRである神経ペプチドY受容体(NPY2Rと5R)の解析を通して、摂食・エネルギー代謝機構解明のブレイクスルーを目指した。一年目である本年度は、2Rと5Rが一次繊毛に発現する安定発現細胞株を樹立し、その特徴およびリガンド応答性(繊毛縮退と消失)を詳細に解析した。また、2Rを介した繊毛縮退経路の一部も明らかにすることに成功した。
2: おおむね順調に進展している
NPY2RまたはY5Rを安定発現するhRPE1細胞クローンY2およびY5を作出し、これらを用いて解析を行った。その結果、Y2およびY5の双方でNPY刺激により繊毛縮退が認められた。Y2はNPY添加3時間で最大効果が認められ、EC50値は0.10 nMであった。また、NPY添加6時間でY2陽性繊毛保有細胞の数が60%減少し、繊毛自体の数も20%減少することがわかった。一方、Y5ではNPY添加6時間で最大効果が認められ、EC50値は2.80 nMであった。Y5ではY5陽性繊毛保有細胞数の減少および繊毛自体の数に大きな変化は生じなかった。以上より、Y2とY5ではNPYに対する1次繊毛の応答性や感度に違いが観察され、両受容体共に生理的に意義のある濃度で反応が認められた。そこで、繊毛縮退に関与するシグナルをウエスタンブロット(WB)法により解析した。Y2ではNPY添加によってAktおよびJNKのリン酸化レベルの亢進が認められた。一方、Y5ではAktは亢進したが、JNKの亢進は見られなかった。そこで、AktおよびJNKなどの各阻害剤に加え、細胞膜発現系でNPYRと共役するGタンパク質Gi/oの共役阻害剤(百日咳毒素:PTX)を用いて機能アッセイを行った。その結果、Y2ではPTX、AktおよびJNK阻害剤のそれぞれでNPYによる繊毛縮退が阻害された。また、AktおよびJNKの同時阻害では繊毛縮退が完全に阻害された。一方、Y5ではPTXのみで繊毛縮退が阻害された。従って、Y2を介した繊毛縮退はMCHR1と同様にGi/o - Akt/JNK依存的に生じ、Y5を介した繊毛縮退はGi/oは関与するがその下流はMCHR1、Y2とは全く異なると考えられる。Y5を介した繊毛縮退シグナルに関しては、現在も探索を行っており複数の候補シグナルを見出しているが、さらなる検証が必要である。
引き続き、Y5を介した繊毛縮退シグナルの探索を行う。また、縮退経路を一部同定したY2に関しては、RNASeqおよびqPCRにより、縮退に関与する仲介分子を同定し全体像の解明を目指す。また、モデル細胞系で見出した縮退現象が、生体内でも内在性NPYRを介して同様に生じ得るのかを解明する。繊毛マーカーには、アデニル酸シクラーゼ3抗体を用いる。内在性受容体の検出に用いるNPY2R抗体は既に準備済みである(右図:視床下部で検出)。5Rの特異的抗体は、各社から発売されている市販抗体を試す。市販抗体で検出が困難な場合は、CosmoBio社へ抗体作製を依頼する。これら抗体を用いて、Ex-vivoおよびvivoの実験を行う。ラット視床下部分散培養系とマウス視床下部のスライス培養系を用いて、hRPE1細胞と同様に、NPY刺激により、繊毛縮退や繊毛保有細胞の減少が見られるかを評価する。
次年度実施予定の実験経費を概算したところ、配分額を超過することが予測された。そのため、本年度は可能な限り切り詰めて研究を行い、残額を次年度使用分として合算使用としたい。合算した予算は、げっ歯類の購入、海馬特殊スライス培養膜、各種抗体、ゲノム編集用経費、RNASeq解析経費、siRNAなどの購入に充てる予定である。
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