本年度は3つのテーマで研究を行った。配偶システムの異なるヨウジウオ科4種を対象に、一夫一妻種と複婚の種で配偶前後で遺伝子発現量の変化パターンの比較を行い、一夫一妻種におけるペアボンド維持に働く遺伝子の探索を行う。本年は複婚のヨウジウオ(Syngnathus schlegeli)について水槽実験を行い、配偶前および配偶後の雌雄の脳で発現している遺伝子をRNA-Seqにより網羅的に明らかにした。現在のところ一夫一妻の1種と複婚の2種、計3種についてデータが得られており、現時点で未着手の一夫一妻種1種のデータが得られ次第、配偶システムの異なる種間で配偶後に発現パターンの異なる遺伝子を網羅的に明らかにする予定である。 ヨウジウオの著しい乱婚性をもたらす行動特性を明らかにする目的で、水槽下における配偶者選択実験および配偶実験を行った。本種では近縁種の先行結果で示されているような、体サイズの大きな異性に対する選好性が全く見られないこと、1回の配偶で受け渡しされる卵数が少ないことが著しい乱婚制をもたらす要因であると示唆された。 ヨウジウオでは緯度に応じた体サイズの変化が見られる。近縁種では体サイズの地域間変異が多産性に対する選択の結果進化し、それに応じた配偶システムの変異がみられることが報告されている。日本全国で採取したヨウジウオについて、脊椎骨数と体長の関係を調べたところ、高緯度地域の個体ほど体長が大きく、かつ、脊椎骨数が多いことが明らかになった。このことはヨウジウオにおける体サイズ変異がJordan's ruleとして知られる緯度に応じた脊椎骨数の変化によって引き起こされていることを示唆している。 新型コロナウイルス禍の影響もあり、ペアボンド維持の遺伝的基盤を明らかにするという当初の目的は達成できなかったが、今後の研究発展のための基礎となる多くのデータを得ることができた。
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