研究実績の概要 |
動物が天敵の襲撃を臨機応変に回避することは、個体の生存に直結するため、きわめて重要な本能行動であるといえる。モデル生物であるキイロショウジョウバエ幼虫も、天敵である寄生蜂に産卵攻撃を受けると、これを痛覚刺激として受容し、全身を側方に回転する逃避行動を示すことが知られている。 申請者は、キイロショウジョウバエのゲノムワイド関連解析から、GPIアンカー型タンパク質をコードする遺伝子belly roll(bero)が、幼虫の逃避行動を抑制することを発見した。さらに、bero遺伝子がペプチド産生ニューロンの一つであるABLKニューロンに発現し、その痛覚伝達能を調節していることを発見した。bero遺伝子は、ABLKニューロンの持続的な神経活動を制御することにより、ABLKニューロン自身の痛覚応答能を調節していることを明らかにした。これらの研究成果を、最終年度(2023年度)に国際学術誌に発表した(Li et al., eLife, 2023)。これに加えて、ABLKニューロンが、体液浸透圧依存的に自身の持続的な神経活動を変化させ、これによって自身の痛覚応答能を調節していることを発見した。これと対応するように、乾燥条件下では逃避行動が増強されることを明らかにした。重要なことに、乾燥条件下では、幼虫の体液浸透圧が上昇する。つまり、Beroタンパク質は、体液浸透圧の情報を元に、ABLKニューロンの持続的な神経活動を調節することで、ABLKニューロン内部にある未知のメカニズムを介して、痛覚応答能を制御していることが示唆された。これらの結果から、ショウジョウバエ幼虫は、ABLKニューロンによる浸透圧依存的な逃避行動の調節機構(浸透圧ゲーティング機構)をもつことが想定される。 本研究から得られたさまざまな知見は、今後、昆虫を含む節足動物だけでなく、哺乳類を含む脊椎動物がしめすさまざまな痛覚逃避行動について、その環境依存的な調節機構を探究する上で重要な知見となると期待される。
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