研究課題/領域番号 |
21K06270
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研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
大坪 義孝 九州工業大学, 大学院生命体工学研究科, 准教授 (00380725)
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研究分担者 |
山崎 隆志 佐世保工業高等専門学校, 物質工学科, 教授 (20270382)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 膜電位振動 / 味応答 / 味細胞 / 脱分極 / 活動電位 / 穿孔パッチクランプ法 |
研究実績の概要 |
感覚器官の細胞は、外界の刺激を電気信号に変換し神経伝達物質の放出量を変化させることで、神経系へ外界の情報を伝達する。味を受容する味細胞の受容器電位に関しては、未だに不明である。また、味細胞は傍分泌によりATPを放出すると考えられているが、放出に関与するチャネルの種類や放出される伝達物質の種類についても不明な点が多い。本研究は、味細胞の受容膜と基底膜を独自にコントロールできる味応答測定システムを用いて、味刺激による受容器電位変化を穿孔パッチクランプ法で測定し、味細胞における味物質(化学物質)から生体情報(電気信号)への変換様式、特に、G蛋白質共役型味物質受容体(甘味、苦味、旨味受容体)を持つ味細胞の受容器電位生成機構を解明する。更に、味物質受容により開口する傍分泌チャネルの同定および放出される伝達物質の同定を試み、生体における味受容機構の初期過程を解明することを目的とする。 今年度は、G蛋白質共役型味物質受容体の活性化によって、味細胞が生成する受容器電位を測定することに成功した。甘味、旨味、苦味物質のいずれかを味細胞の受容膜にのみ与えることで、味細胞の膜電位は、味刺激中に脱分極して再び静止膜電位に戻る振動性の脱分極応答を繰り返し発生した。各振動には、活動電位を含むものと含まないものがあった。一方、酸味物質に対して味細胞は、味刺激をしている期間、持続的な脱分極応答を示した。活動電位は酸味刺激開始直後の脱分極相にのみ観測され、持続的に発火しなかった。高濃度の塩味刺激に応答する細胞は、振動性の脱分極応答と脱分極応答の2種類が存在した。このように各種味刺激により、味細胞が異なる受容器電位を発生することを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
味細胞の受容器電位に関する研究では、味細胞の受容膜のみを味刺激することで、味細胞が生成する膜電位変化を穿孔パッチクランプ法で測定することが出来た。基本五味(甘味、旨味、苦味、塩味、酸味)に対する膜電位変化は大きく2種類に分類することができた。甘味、旨味、苦味刺激に対して味細胞は振動性の脱分極変化を示し、酸味刺激に対して、通常の脱分極変化を示した。また、興味深いことに、高濃度の塩刺激に対して、振動性の脱分極応答と通常の脱分極応答を示す2種類の味細胞が存在した。振動性の脱分極応答は、味物質濃度が低い時は、低周波数、小振幅で発生し、味刺激濃度が高くなると、周波数および振幅は増大し、周波数は約1Hz、振幅は約Δ45 mV程度(-64 mVから-19 mV)に変化した。また、味刺激中は持続的に活動電位を発生した。味物質濃度依存的に振動周波数と振幅が増加したことから、これらのパラメーターが味の“濃さ”の表現に関与していると考えた。これらの研究成果を学術論文として発表した。 味刺激により放出される伝達物質の同定に関する研究では、ガスクロマトグラフィー(GC)で分離した成分を質量分析計(MS)で検出するGC/MS解析法を用い、アミノ酸混合標準液に対する分析が可能であることを示し、実験系の立ち上げが完了した。また、味蕾標本を用いた実験を実施し、改善点を洗い出した。ATPが伝達物質として放出されることから、ポジティブコントロール実験として、ATP濃度の測定も実施することにした。そのために必要なルミノメーターを新規に購入した。 味物質受容により開口する傍分泌チャネルの同定に関しては、まだ未着手である。
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今後の研究の推進方策 |
味細胞の受容器電位に関する研究では、振動性応答の生成機構について、薬理学的および分子生物学的な方法をもちいて明らかにする予定である。これまでの結果から、振動性応答の測定は容易ではなないが、振動性応答が測定出来た場合は、味刺激中に、味細胞の基底膜側にKチャネルやTRPチャネルなどの阻害剤を投与することで、どのような変化が生じるのかを測定する。電位依存性Naチャネルの阻害剤であるテトロドトキシンは、この振動性応答に対して影響を与えない事を既に明らかにしている。また、PLC経路やIP3受容体など細胞内シグナル伝達経路の阻害剤の影響も検討する。更に、振動性応答の生成に関与すると考えられるタンパク質について、遺伝子サブタイプの同定を試みる。 味刺激により放出される伝達物質の同定に関する研究では、味細胞標本を用いた研究を実施する。放出される伝達物質量は少ないと予想されるので、同一条件での標本数を増やし、放出された物質を含む溶液を一つにまとめ、凍結乾燥することで、微量伝達物質の検出を試みる。また、ポジティブコントロール実験として、味刺激によるATP放出量の測定も実施する。基底膜側に各種阻害剤を投与することで、ATP放出量にどのような変化が生じるのかを測定する。この結果と受容器電位生成機構の薬理学的結果を比較検討することで、膜電位振動から伝達物質放出までの分子機構を明らかにする。 味物質受容により開口する傍分泌チャネルの同定に関しては、バイオサイチンを用いた取込実験を開始し、薬理学的方法と組み合わせることで、傍分泌チャネルの同定を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
味刺激により放出される伝達物質の同定実験のために、新規に水圧式三次元マイクロニピュレーターを購入予定だったが、未着手のため購入しなかった。研究をすすめる上で、ATP放出量の測定(ポジティブコントロール実験)が重要であるため、水圧式三次元マイクロニピュレーター購入予定費を用いて、新規にルミノメーターを購入した。投稿論文の論文掲載料の支払いが、年度初めとなり、その分が次年度使用額として生じた。 特異的な阻害剤の購入費、味応答測定のための薬品類、実験動物、消耗品の購入のため経費を使用する。また、学会参加費および投稿論文の英文添削費、論文掲載費用として経費を使用する。
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