細菌の進化において非ランダム突然変異及び適応突然変異の関与についての理解はきわめて不充分である。本研究は、コレラ菌の特殊環境下で認めた非ランダム突然変異について検証し、またその変異がコレラ菌にもたらす意義の理解を目的とした。主な成果は以下の通り:1) コレラ菌を貧栄養下で長期培養すると、鞭毛関連遺伝子に選択的に変異が発生する現象を確認した。この変異による運動性の消失・低下は、生存しているが培養できない状態(VNC)への移行の抑制に関連することを示した。また、ポリミキシンBを用いて強制的に運動能を低下させる実験においても、VNCへの移行が抑制されることが示唆された。2) M9培地を用いての300日間のバッチ培養では、殆どのコレラ菌がVNC状態に移行したが、一部の増殖可能な細胞も残存した。バッチ培養後、コレラ菌に栄養源(LB)を与えると、事前に運動性を欠損させてバッチ培養した組換え株は、同条件で培養した野生株よりも短時間に菌数を増加させた。 3) 長期バッチ培養後、代謝関連遺伝子の変異や病原性関連因子(CTXファージ等)および大規模なDNA領域(約35 kb)を欠損した様々なクローンが認められた。それらのクローン集団は多様な環境下において生存能力を低下させる変異を蓄積している様に見えるが、逆に特定の条件(本実験条件)での長期生存には有利となる可能性を示唆した。4) mutS遺伝子に変異を含む菌株において、著しい変異の蓄積がゲノムに認められたため、実際に野生株のmutS遺伝子を欠損させた株を一定期間培養したところ、野生株に比して変異の発生が著しく高くなることが示唆された。 5) 長期培養の結果、コレラ毒素非産生クローンの出現も確認した。6) 本長期培養によってVNC状態に移行したコレラ菌の一部は、羊血液寒天培に移して培養すると、VNC状態から増殖能を回復させることが示唆された。
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