無腸動物はきわめて単純な体制をもつ海産動物で、動物進化の初期段階の始原的左右相称動物の形質を色濃く残していると考えられている。かれらは多くの動物が浸透圧調節に用いている腎臓、鰓、腸管などの器官を持たず、環境変化から内部環境を保護する殻や外骨格も持たない。にも関わらず、無腸動物の一種ナイカイムチョウウズムシが海水の1/5から2倍まで、きわめて広い塩濃度変化に耐えうる広塩性であることを発見した。かれらの浸透圧適応機構を研究することは、高度な器官を進化させる以前の動物の祖先が、浸透圧適応という重要な課題にいかに対処していたのか、その原初的機構の理解につながる可能性をもつ。 我々は2021年度にナイカイムチョウウズムシが遺伝子発現レベルでどのような浸透圧耐性機構を発動しているかについて調べるために、高塩濃度、低塩濃度で処理したナイカイムチョウウズムシからそれぞれRNAを抽出し、RNAの発現変化を調べた。その結果、塩濃度の変化によって発現が上昇あるいは低下している遺伝子の候補を見出した。 2022年度もこの解析を継続しつつ、新たに以下の研究を行った。瀬戸内海にはナイカイムチョウウズムシ以外に、Symsagittifera属の無腸動物が生息している。この種はナイカイムチョウウズムシより体サイズが小さく、より外部環境の影響を受けやすいと予想される。この種について浸透圧耐性を持つかを調べた結果、この種もかなり広い浸透圧変化に適応できることが示された。また孵化直後のサイズが小さいナイカイムチョウウズムシの幼体も、広い浸透圧適応能力を示すことがわかった。 2023年度には塩濃度変化に対するナイカイムチョウウズムシの細胞/組織レベルでの応答を調べるために、高塩濃度、低塩濃度で処理したナイカイムチョウウズムシの組織切片を作成し、光学および電子顕微鏡による観察を行なった。
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