本研究では、Chloroflexus aggregansを対象とし、好熱菌に未発見の細胞間コミュニケーションシグナル物質を同定し、そのシグナル物質の合成、制御、作用機構を明らかにすることを目的とした。「シグナル分子の同定・構造解析」とともに、「シグナル分子の合成・分泌機構の解明」および「シグナルの受容・伝達経路の解明」に取り組んだ。シグナル分子の同定・構造解析のため、C. aggregansの培養液から細胞外画分を回収し、限外ろ過、陽イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーを用いて活性画分を得た。得られた化合物は、質量分析、元素分析、UV-VIS吸収スペクトル、赤外吸収スペクトル解析の結果から、リン酸基を含む炭化水素(C18H30O9P2)と推定できた。その推定化学構造から、本シグナル分子の合成には、カロテノイド系色素の合成経路が関わっていると考えられた。また、C. aggregansの細胞懸濁液に精製したシグナル分子を添加し、遺伝子転写変化に関して化学走性関連遺伝子を中心に調べたが、顕著な変化は検出されず、既知の細胞間シグナル伝達システムとは異なると考えられた。本研究で得られた知見から、細胞間シグナル分子の機能として以下が考えられた。細胞膜の障害を伴うような環境ストレスによりシグナル分子の分泌が促され、細胞間の表面接触性を上げることで滑走運動による細胞集塊の形成を促進し、ストレス環境での生残性が高まる。この環境応答システムは、カロテノイド類を合成する滑走運動微生物に広く保存されている可能性が考えられた。
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