研究課題/領域番号 |
21K06377
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
山崎 世和 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 助教 (60581402)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 抑制性シナプス / アデノ随伴ウイルス |
研究実績の概要 |
脳には様々な種類の抑制性神経細胞が存在するが、それぞれのシナプスに集積する分子の構成は明らかになっていない。本研究では、多様な分類が存在する抑制性シナプスのシナプス後部において、「どの抑制性シナプスにどの分子が局在しているか?」という学術的問いを明らかにし、さらにそれらの分子を人為的に操作することによって、特定の抑制性シナプスを特異的に操作する技術を開発することを目的としている。 三年の研究期間の中の初年度である本年度では、特に特定の細胞種への遺伝子導入法の開発に焦点を当てて研究を遂行した。本研究では、大脳皮質錐体細胞における抑制性シナプス後部分子を精製・同定するため、近接依存性ビオチン化標識酵素TurboIDにALFAタグ・膜貫通ドメインを導入したタンパク質を大脳皮質錐体細胞へ、さらにこのタンパク質を特定の抑制性シナプスへ局在させるためのGPIアンカーを融合した抗ALFAナノボディを大脳皮質抑制性神経細胞へ、できるだけ広く効率よく導入する必要がある。そのため、血液脳関門透過型のアデノ随伴ウイルス(AAV)PHP.eB型による全脳への遺伝子導入を用いることを考えた。このPHP.eB型を用いた遺伝子導入には高タイターのウイルスが必要である。そこでウイルス作成の系の最適化を行い、大量のウイルスを安定的に大量調整することに成功した。さらにこのウイルスを眼窩底投与することで実際に大脳皮質を含めた脳全体への遺伝子発現が確認された。今後はこれらのウイルスを用いて抑制性シナプス後部の分子を特異的に精製する系を立ち上げ、その構成因子の同定を予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、抑制性シナプス後部を特異的にラベル化するシステムを新しく開発し、その構成因子を抑制性シナプスの種類別に精製し同定することを目的としている。当初の予定では初年度においてはこの新しく開発した近接ビオチン化酵素を用いた分子標識法を実用化し、抑制性シナプス後部の構成分子の道程まで行う予定であった。しかし実際にはウイルスの調整法、感染法の条件検討に時間を取られてしまい、抑制性シナプス後部分子のラベル化・精製、さらにその同定までは到達することができなかった。 しかしながら、これまで問題となっていたウイルス作成・精製の工程の全面的な改善を行い、安定的に大量、高タイターのウイルスを調整できる系を確立することに成功した。さらに血中透過型のAAV capsidについては、今回試したPHP.eB型の他に新たな改変型の導入も進めており、これらを用いてより効率よく特定の細胞へ遺伝子導入する方法も検討している。加えて、本研究では大脳皮質の抑制性シナプスを主たるターゲットとしているが、小脳の抑制性シナプスについても研究を行うためのツール作成を進め、L7プロモーターやSynapsinプロモーターを組み込んだAAVを作成し、小脳プルキンエ細胞、分子層抑制性細胞特異的に遺伝子を発現させることに成功している。今回行ったウイルス作成の改善や遺伝子導入の系は、今後研究を円滑に進めていく上で不可欠なものであり、また、抑制性シナプスの多様性を明らかにする本研究の幅を広めていくものといえる。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に確立したウイルス調整・遺伝子導入を用い全脳へ遺伝子導入を活用し、当初の予定通り、抑制性シナプス後部の構成因子を抑制性シナプスの種類別に同定する手法の実用化を行い、同定した分子からそれぞれの抑制性シナプス特異的な因子を抽出する。主たるターゲットは大脳皮質であるが、初年度に確立した小脳プルキンエ細胞・分子層抑制性細胞の作る抑制性シナプスにおいても分子の同定を行う。そして同定された因子が実際にそれぞれの抑制性シナプス特異的に局在するのかについて、免疫染色、タグ融合タンパク質の発現などで確認すると共に、アデノ随伴ウイルスを用いたノックダウンを行い抑制性シナプス伝達における生理機能を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定では抑制性シナプス後部の分子のラベル化の新しい系を立ち上げ、分子の精製・同定まで行う予定であったが、予定を少し変更してウイルスベクターの作成の系の最適化と遺伝子発現形の開発に焦点を当てて研究を遂行したため、当初の予定よりも使用額が少なくなり、次年度使用額が生じた。当初初年度に計画していた分子の精製・同定の実験は、2022年度に遂行する計画を立てており、次年度使用額も2022年度に使用する計画である。
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