研究課題
神経回路が脳機能を正しく発揮するには、情報伝達の場であるシナプスが適切な数、適切な場所に形成されることが必要と考えられている。本研究は、神経回路形成のメカニズムを解明するため、シナプスを受け取る主要な場である樹状突起の形態がどう制御され発達するかを検討している。樹状突起は脳内で精緻に枝分かれを形成し、突起が互いに適切な距離を保ちながら広がるが、その際に同じ細胞由来の突起同士が重なり合わずに配置される法則を「self-avoidance」と呼び、隣接する別の細胞の突起同士が重ならずに配置される法則を(タイルのように並べることから)「tiling」と呼ぶ。これらの法則がどのように達成されるのか、メカニズムはよくわかっていない。本研究でこれまでに申請者は、マウス小脳プルキンエ細胞の樹状突起self-avoidanceにおいて、RPTPm遺伝子が重要な役割を果たすことを見出した。RPTPmタンパク質は細胞膜タンパク質であり、RPTPmどうしがトランスホモフィリック結合する細胞外領域と、細胞内でシグナル伝達に関わる脱リン酸化酵素領域があるが、self-avoidanceには細胞外領域と細胞内脱リン酸化活性の両方が必要であることも分かった。Self-avoidanceのメカニズムとして、向かい合う突起の細胞膜表面に発現する細胞膜タンパク質どうしが相互作用することにより、何らかのシグナルが働くことで、突起同士が反発しあい、結果として重ならずに配置されることが想像されているが、そのメカニズムの実態はよくわかっていなかった。本研究の成果は、RPTPmが、細胞外領域による接着によって、細胞内で脱リン酸化シグナルを送ることが、プルキンエ細胞樹状突起のself-avoidanceを担うことを示唆する。
2: おおむね順調に進展している
self-avoidanceにおいて、突起同士が実際に反発しあう過程を解明するため、当初はin vivoライブイメージングのみを想定していたが、プルキンエ細胞の発達中の樹状突起先端は非常に細く、また動きも速いため、より高い空間的・時間的解像度で観察するために、培養系でのイメージング系を構築した。本実験系によって、当初の研究目的をより効果的な方法で達成できると期待している。また、従来のプルキンエ細胞樹状突起形態研究では、tilingに焦点を当てた研究は少ない。本研究では、特定のプルキンエ細胞と、周囲の別のプルキンエ細胞細胞とを別の蛍光タンパク質で可視化する手法を確立して、プルキンエ細胞が、別の細胞由来の樹状突起と、どのように空間をシェアあるいは分けて樹状突起を配置しているのか、tilingの実態について解析することが可能になった。以上の成果は、当初の計画とは具体的な方法等の面で異なるものの、当初の研究目的に即したものであり、したがって本研究の進捗はおおむね順調であると考えている。
これまでにライブイメージングによって樹状突起どうしの接触や反発の過程を実際に捉えた例は乏しく、実際に樹状突起の配置が膜タンパク質どうしの細胞接着でどのように制御されているのか不明である。本研究は今後、プルキンエ細胞を初代分散培養系でタイムラプスイメージングすることによって、RPTPmがどのように突起同士の接触やself-avoidanceを引き起こすのかを解明する。また、これまで手付かずにされていた、プルキンエ細胞樹状突起の「tiling」についてもメカニズムを検討する。Tilingも、self-avoidanceと似て細胞間の反発機構によって起きると想定されているが、プルキンエ細胞においては、self-avoidanceと、tilingが異なるメカニズムなのかどうか、よくわかっていない。本研究ではRPTPmおよび、プルキンエ細胞樹状突起のself-avoidanceに関わることが既に報告されている別の複数の細胞膜タンパク質にも着目して、プルキンエ細胞を題材に、self-avoidanceおよびtilingが制御される基本原理を解明していく。
研究途中成果に基づいて、当該年度は当初計画していた実験を行う代わりに、より効果的な新たな実験系の構築のために条件検討を行った。次年度使用額は、この新たな実験を行うために使用したい。また、当該年度は研究途中成果から判断して、学会・論文等の研究発表を当初予定していたほどには行わなかった。次年度に研究発表を行う際の使用額としたい。
すべて 2022
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Neuron
巻: 110 ページ: 3882-3896
10.1016/j.neuron.2022.09.025