研究実績の概要 |
キイロショウジョウバエ(ハエ)の嗅覚二次中枢「キノコ体」では、主要介在神経細胞である約2,000個のKenyon cells (KCs) が、匂いの刺激をその種類や頻度などの統計情報に基づいてダイナミックに符号化することで、神経細胞集団全体として最適な脳内表象を生み出していると考えられる。その情報処理と神経回路機構を明らかにするために、複数の匂いを繰り返しハエに与えたときのKCsの匂い応答の変化を、二光子励起レーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージングによって解析した。この結果、個々のKCsの応答は刺激の繰り返しによって変化するにもかかわらず、KCs全体の脳内表象における異なる匂い間の相対的な関係は維持されることを見出した。 このような脳内表象の安定化にはGABA作動性の抑制性神経細胞を介したグローバルな抑制性フィードバックが関わっていると考え、抑制性神経細胞の働きを阻害したときのKCs全体の脳内表象の変化を解析したところ、刺激の繰り返しによるKCsの応答変化が減少することがわかった。したがって、KCsの応答変化は抑制性フィードバックの働きによってむしろ積極的に作り出されていることが示唆された。 抑制性フィードバックがKCの応答変化と脳内表象の安定を両立させる神経回路機構の手掛かりを得るために、ハエの脳の電子顕微鏡画像を元に作られたコネクトームデータを利用して、抑制性神経細胞と2,000個のKCs間のシナプス結合を全て同定し、抑制性神経細胞を介したKCs間の相互結合を定量的に解析した。この結果、似た匂いの情報を受け取るKCs同士は、異なる匂いの情報を受け取るKCs同士よりも、より多くの抑制性相互結合を持つことがわかった。したがって、一部のKCsの神経応答が変化しても、似た匂いの情報を受け取るKCsがその応答を補完することで、全体の匂い表象が維持されている可能性が示唆された。
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