研究課題
ゲノム医療の現場においては、患者固有の遺伝子変異が日々報告され続けているものの、その大半の臨床的意義は不明である。研究代表者はこれまでに、タンパク質変異体の分子動力学(MD)シミュレーションによって、遺伝子変異に起因する薬剤耐性化の分子メカニズムが推定できる可能性を示してきたが、変異アミノ酸が薬剤ポケットから離れている場合(遠距離変異)では、変異による薬剤への影響の現れ方が小さく、薬剤応答性の正確な定量が困難な状況にある。そこで本研究では、タンパク質変異体の長時間MDシミュレーションに基づいて、遺伝子変異に起因する薬剤応答性変化をコンピューター上で高精度に推定することを目的としている。R4年度は、R3年度に取得した既知キナーゼ変異体-薬剤複合体の分子動力学データを情報学的に解析するプロトコールを開発した。具体的には、野生型と変異体の分子動力学トラジェクトリを入力として、キナーゼを構成するアミノ酸の二面角、及びアミノ酸-薬剤間の距離・水素結合の有無・接触の有無・原子間相互作用エネルギーの時系列データを生成し、これらの特徴行列を次元削減した後にクラスタリングすることで、変異体に特徴的な構造的特徴を抽出するプロトコールを構築した。更に、各変異体に対して抽出した変異体特有の複合体構造を出発点とし、アンサンブル型分子動力学シミュレーション(MP-CAFEE法)によって薬剤の結合自由エネルギー(ΔG)を算出する計算環境を整えた。RET-vandetanib系を用いて、一連の解析プロトコールの動作確認を行った。また、関連研究として、RET遺伝子変異に起因するタンパク質活性異常の分子メカニズムを推定し、論文発表に至った。
3: やや遅れている
上記で記載したように、R4年度は、任意のタンパク質変異体-薬剤複合体システムについて、分子動力学トラジェクトリから変異体に特徴的な構造的特徴を抽出するプロトコールを構築した。本プロトコールは、研究代表者らがこれまでに開発してきた分子動力学トラジェクトリの自動解析ツール(https://linc-ai.jp/wg/#wg04)を改良することで構築したが、タンパク質と薬剤の原子間相互作用エネルギーの時系列データを出力する行程については新たにプログラムを作成する必要があり、この部分において予想以上の時間を要した。具体的には、原子間相互作用エネルギーを網羅的に出力すると、エネルギー行列の次元数が膨大になり、その後のクラスタリングの行程で支障をきたすことが分かったため、タンパク質側はアミノ酸単位とし、薬剤側はメチル基・アミノ基といったグループを単位としてタンパク質-薬剤相互作用エネルギーの時系列データを算出する仕様とした。既に一連の解析(タンパク質-薬剤相互作用エネルギーの時系列データ算出からクラスタリングまで)の実績があるRET-vandetanib系を用いて本プロトコールの動作確認を行ったところ、以前のクラスタリング結果を正確に再現していることを確認した。
R5年度は、R4年度に開発した解析プロトコールをR3年度に取得した分子動力学データ(ALKタンパク質野生型・変異体-薬剤複合体32ペア(=16種類×2薬剤)、RETタンパク質野生型・変異体-薬剤複合体11ペア(=11種類×1薬剤)、EGFRタンパク質変異体-薬剤複合体16ペア(=8種類×2薬剤))に適用し、変異体特有の構造的特徴を抽出する。次に、各変異体に特徴的な複合体構造を出発点とし、アンサンブル型分子動力学シミュレーション(MP-CAFEE法)による薬剤の結合自由エネルギー(ΔG)計算を実施して薬剤の結合親和性を推定し、薬剤応答性の実データを用いて検証することで、シミュレーション・解析プロトコールのパラメータを最適化する。更に、がんゲノム解析によって同定された臨床的意義が不明な変異を用いて、本プロトコールの計算精度を評価する。
次年度使用額は1万円以内に収まっており、これまでのところ研究費を順調に使用できている。翌年度分として請求する助成金と合わせて、シミュレーションデータを格納するストレージ等の購入に充てる予定である。
すべて 2022
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件、 招待講演 2件)
Cancer Research,
巻: 82(20) ページ: 3751-3762