マトリクス剤をCHCAおよびDHBとし,正負イオンモードのどちらでも信号試料が観測されるように,アスパラギン酸(Asp)を試料として選択した.引き出し電圧の条件を変えたMALDIスペクトル測定を行い,MALDI信号強度の変化を再現するモデルを構築し,その妥当性の検討を行った. 1)遅延引出し:前年度に引き続き遅延引き出しを変化させながらMALDIスペクトルを測定した.正負イオンの両モードでマトリックス関連信号,およびAsp信号の変化を解析したところ,すべての信号において,遅延時間に対して1次の依存性で減少することが見出された.時定数は,DHB,CHCAともに,正負イオン問わず150 ns程度であった.このことから,観測されるイオン信号のdecayは,正負イオンは近接したペアとして生成し,そのペアとして中性化していくと結論づけた. 2)引出し電場依存性:ペアの再結合は,引出し電場により阻止されるという観点で,引出し電場を通常設定(38 V/mm)に対して±50%変化させた測定を行った.その結果,電場の増加とともに,信号強度は増加する傾向が見出された.特に,両対数プロットにおいて直線関係となることが見出された.古典的なトラジェクトリ計算によれば,ある距離の正負イオンペアが再結合せずにイオンとして引き出される確率S(E)は,引き出し電場の大きさに対して,シグモイド関数に近いことが分かった.それに基づき,モデル構築を行い,S(E)=1-αE^nで再現することができた.DHBでn=1程度,CHCAではn=1.5~2程度となった.nが大きいほ立ち上がりがシャープな関数型となり,これはイオンペアの間隔の分布,および,イオンの移動度が関係していると思われる. 以上のように,MALDI信号の強度に大きく影響を与えるイオンペアの再結合のふるまいを,モデルを用いてパラメータ化することに成功した.
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