研究課題
これまで、乳がんの治療抵抗性における亜鉛の役割を解明する中で、エストロゲン受容体(ER)陽性乳がんに適用されている抗エストロゲン剤タモキシフェン(Tam)の薬効は、亜鉛で自由自在に制御できる可能性を明らかにしてきた。本年度は、Tam療法の最適化に、亜鉛の併用投与が有用か否か、治療耐性乳がん細胞および乳がんモデルマウスを用いた安全性の検討を中心に研究を進めた。ER陽性ヒト乳がん細胞MCF-7に対して、Tamと亜鉛を併用処置した結果、亜鉛の濃度に依存して、Tamによる細胞生存率の抑制を促進した。そのMCF-7の生存抑制の機序には、過剰なオートファジーの誘導を伴う非アポトーシス型細胞死の亢進が関与することを明らかにした。Tamと亜鉛の併用はまた、Tam耐性を示すMCF-7に対しても、著しく細胞死を誘導し、IC50を野生型のMCF-7と同程度かそれ以下にまで激減させることに成功した。亜鉛の併用療法は、Tamの薬剤耐性を克服できる可能性を明らかにした。さらに、ERをはじめ、プロゲステロン受容体およびHer2受容体を持たず、分子標的治療が実践できない悪性度が極めて高いトリプルネガティブ乳がんに対しても、Tamによるオートファジー機構を亜鉛で操り、効率よく細胞死を誘導することができた。これは、ERを介さずにTamの薬効を制御できることを示唆しており、さらなる詳細な分子機序を解析することで、Tamを用いたがん治療適用の拡大につながる可能性が期待できる。MCF-7を同所移植した乳がんモデルマウスに対する亜鉛の継続的な経口投与は、Tam単独投与よりも、腫瘍の成長度合いが緩徐になる傾向を示した。さらに、重篤な副作用なく、乳がんによる死亡率を減少させ、生存期間を著しく延長させる傾向があった。以上より、Tamと亜鉛の併用投与は、新たながん薬物療法の実用的な戦略として期待できる。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、現在臨床で使用されているタモキシフェンの抗がん活性を、亜鉛で制御し、タモキシフェンに対する耐性を獲得した乳がんに対しても応用できる可能性に迫った。しかし、実験試薬の調達が間に合わず、計画していたイメージング解析を含む一部の生化学実験および動物実験に関しては若干の遅れがある。
タモキシフェンの抗がん活性を制御する亜鉛シグナルを明らかにするため、乳がん細胞内外の亜鉛の動態を、時空間的に解析する。さらに、より厳密かつ自由自在にタモキシフェンの抗がん活性を制御するため、亜鉛の動態に関わる亜鉛トランスポーターを解析し、亜鉛シグナルのスイッチ分子を同定する。タモキシフェンと亜鉛の最適な併用投与量およびルートといった投与計画の構築については、in vivo担がんモデルを作成し、タモキシフェンの効果とともに、安全性を追跡し、検証する。
2022年度では、輸入による実験試薬の購入において、在庫不足や調達が大幅に遅れる事態が幾度とあり、計画していた実験の一部を行うことができなかった。さらに、2022年度の前期において、新型コロナウイルス感染拡大防止の影響を受け、計画していた学会発表の一部を行うことができなかった。追加実験とその研究成果の発表に関しては、次年度に実施し、未使用額はその経費に充てる。
すべて 2023 2022
すべて 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 2件、 査読あり 9件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (21件) (うち招待講演 1件)
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