本研究では、炎症性腸疾患(IBD)の治療における再燃の予測・予防を目標として、動的ネットワークバイオマーカー(DNB)解析を用いたIBD病態マウスモデルでの疾病前状態(未病)の検出ならびにDNB遺伝子の病態生理学的意義の検証を行なった。まず、遺伝子発現のゆらぎに着目して健康状態から未病状態への遷移を科学的かつ客観的に捉える新たな数理解析手法であるDNB解析をIBDモデルにおいて実施し、IBD症状の発症前に27個のDNB遺伝子の発現が同期して大きく揺らぐ遷移点(未病状態)を検出した。 次にDNB遺伝子が病態生理学的に意味をもつ遺伝子であることを実証するため、東京工業大学の井村教授の研究グループの協力を得て、制御理論解析によるDNB遺伝子のランク付けを行なった。さらにGEO databaseを用いてヒトIBD患者におけるDNB遺伝子の発現解析を行なった。これらの解析結果から、DNB遺伝子の中でWarsを介入の第一候補とした。 IBDモデルにおいてWars/WRSに介入するため、リコンビナントWRS(rWRS)をIBDモデルに投与したところ、IBD症状が抑制された。一方、抗WRS抗体の投与はIBD症状を悪化させた。よって、Wars/WRSはIBD病態に対して保護的に働くことが示唆された。さらに、Wars/WRSへの介入がDNB遺伝子の揺らぎに及ぼす影響を明らかにするため、IBDモデルでの未病のタイミングにおけるDNB遺伝子の発現を解析した。rWRSを投与したIBDモデルの大腸組織ではWarsの発現の揺らぎが有意に減少していたが、抗WRS抗体を投与したIBDモデルの大腸組織ではWarsの発現の揺らぎに変化は認められなかった。故に、Warsを始めとするDNB遺伝子の揺らぎを抑制させることが、再燃予防や寛解維持を介したIBD病態の改善に繋がる可能性が考えられた。
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