研究課題/領域番号 |
21K06618
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研究機関 | 東京薬科大学 |
研究代表者 |
井上 英史 東京薬科大学, 生命科学部, 教授 (20184765)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | プロシアニジン / C. elegans / 老化 / 神経 |
研究実績の概要 |
食品成分となる天然化合物としてカカオ由来プロシアニジン(CLPr)の生物活性に着目し,老化研究によく使われるモデル生物,線虫 C. elegans において寿命を延長するメカニズムを研究している.本年度は次の2点からアプローチを行った. (1)老化抑制・寿命延長の直接的なメカニズム CLPrを投与すると慢性浸透圧ストレスに対する耐性が向上する.このことと寿命延長作用の関連について検証した.感覚神経 AWC あるいは介在神経AIBのいずれかを除去した変異体では,CLPrによる寿命延長および浸透圧耐性付与のいずれも見られない.このことから,AWCとAIBはCLPrによる両作用に関連していることが考えられた.線虫の浸透圧耐性に寄与する物質としてグリセロールが知られている.そこで,CLPrによりグリセロール量が変化しているかを,CLPr投与群と非投与群で比較したところ,投与後24時間および72時間のいずれにおいてもグリセロール含有量に有意な差は見られなかった.浸透圧耐性の上昇は,CLPr投与後24時間の時点でも見られることから,CLPr投与による浸透圧耐性の変化にグリセロール量の変化は関連していないことが示唆された.浸透圧耐性に寄与する物質としては他にトレハロースが知られている.そこで,トレハロースの寄与についての検証に着手した. (2)プロシアニジン(四量体以上)は,どのように神経系に作用するか 線虫の感覚神経AWCまたは介在神経AIBを除去するとCLPrによる寿命延長が見られなくなる.AWCからAIBへはシナプスを介した神経伝達が行われ,グルタミン酸が伝達物質として用いられる.そこで,グルタミン酸トランスポーターEAT-4およびグルタミン酸受容体GLR-1の欠損変異体を用いて検証したところ,いずれもCLPrの寿命延長作用が見られず,グルタミン酸を介した神経伝達の寄与が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
CLPrによる線虫の寿命延長作用に浸透圧耐性のメカニズムが関連しているかどうかを検証した.これまでに数十種の遺伝子変異株を用いて寿命測定実験を行い,CLPrの寿命延長作用に関与する神経細胞やシグナル伝達系などを見出している.線虫における寿命測定実験では,産卵・孵化による子世代の混入を防止するため, DNA合成阻害剤としてFUdRを投与することがよく行われる. これまでに CLPrの寿命延長作用を検証した実験においても,一部の変異体について取得したデータは,FUdR投与下での実験に基づくものであった.しかしながら,FUdRが浸透圧耐性に影響するとの論文報告がある.そのため,CLPrの寿命延長作用と浸透圧耐性との関連を検証する上で,FUdR非存在下での実験データを確認する必要が生じた.その結果,いずれの変異体においても,CLPrの寿命延長作用にFUdR投与は影響していないことが確認されたが,この検証を行ったため,グリセロールとの関連を検証する実験の開始が遅れることになった.また,浸透圧耐性に関わることが知られている物質の一つであるグリセロールが鍵となると予想していたが,生化学的な測定により線虫体内のグリセロール量に変動が見られなかった.このことから,寿命延長作用と浸透圧耐性との関連について,今年度は結論を得ることができなかった.線虫のストレス耐性に寄与する物質としては,他にトレハロースが考えられる.そこでトレハロースの量的変動について検証することとした.その結果が得られるのは2022年度となり,進捗状況は当初計画よりもやや遅れている.なお,今年度に得られた浸透圧耐性に関する実験結果は,グルコース貯蔵の仕組みとの関連を検討することの重要性を窺わせる.CLPrの寿命延長作用について示唆されるメカニズムとの関連が,今後の鍵となる.
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今後の研究の推進方策 |
CLPrによる寿命延長作用と浸透圧耐性付与との関連についての検証: CLPrによる浸透圧耐性の付与にグリセロールは関係していないことが,生化学的な実験結果により示唆された.そこで,トレハロースについても同様に,CLPr投与による量的な変化が見られるかを,生化学的な方法を用いて検証する.トレハロース量の変化が見られた場合は,トレハロース生合成に関与する遺伝子の欠損変異体を用いて,CLPrによる寿命延長作用と浸透圧ストレス耐性について検証を行う. 活性化合物に関する検証: CLPrは種々の重合度のプロシアニジンを含有する混合物である.そのため,活性成分の同定には至っていない.これまでの実験結果から,分子サイズによって二つに分画したとき,四量体以上を含む画分に寿命延長作用が見られ,三量体以下の画分では見られない.このことから,ある程度の重合度をもつプロシアニジンが有効成分であると考えている.そこで,市販の四量体プロシアニジンであるシンナムタンニンA2を用いて寿命延長作用を検証する.寿命延長が見られた場合は,主要な変異体などでもCLPrと同様の結果を与えるかを検証し,寿命延長作用およびメカニズムを示唆するデータに矛盾がないことを確認する.
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次年度使用額が生じた理由 |
学会発表がオンラインとなり出張旅費が発生しなかったことや,論文発表のスケジュールが遅れたことからこれらの支出がなかった.一方,実験結果を受けての検証実験のため,予定より物品(消耗品)費が必要となったため,出張旅費等で予定していた額の一部を消耗品費として使用した.残額については,2022年度の物品(消耗品)費に加えて使用する.
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