これまでに、過度なストレス刺激による適応障害モデルマウスへの抑肝散投与が情動行動の異常を改善することを明らかにしている。本研究では、抑肝散やストレス症状に用いられる漢方薬の詳細な作用メカニズムを解明することで、ストレス刺激が誘発する適応障害(適応反応症)に対して、安全性が高く、有効な薬物治療法の提唱を目的とする。 まず、適応障害モデルマウスの脳内における変化を検討した。適度なストレスを負荷しストレスに適応したマウス海馬では、セロトニン1A(5-HT1A)受容体の細胞膜への移行が亢進すること、適応障害マウスの中脳では、5-HT1A受容体の転写因子が変化し、5-HT1A受容体の合成が促進することを明らかにした。 次に、マウス海馬神経細胞由来の株化細胞であるHT22細胞を用いて、ストレス負荷により脳内で上昇することが知られているコルチコステロンが誘発する神経毒性に対して、保護効果のある漢方薬の探索を行った。ストレス症状に用いられている抑肝散、加味帰脾湯、加味逍遥散、柴胡加竜骨牡蛎湯、半夏厚朴湯が、コルチコステロンの誘発する神経毒性に及ぼす影響を検討した。その結果、抑肝散、加味帰脾湯、加味逍遥散、柴胡加竜骨牡蛎湯は、コルチコステロンによる細胞生存率の低下を抑制しなかったが、半夏厚朴湯は、コルチコステロンによる細胞生存率の低下を抑制した。また、コルチコステロンが誘発する死細胞数の増加も、抑肝散、加味帰脾湯、加味逍遥散、柴胡加竜骨牡蛎湯は抑制しなかったが、半夏厚朴湯は顕著に抑制することを見出した。以上より、半夏厚朴湯はグルココルチコイドの上昇が関与する神経障害を抑制することで、適応障害を改善する可能性が示唆された。
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