本研究の目的は、鼻腔と脳との間の直接的な薬物移行経路を活用して、oxytocin(OXT)による自閉症スペクトラム障害に対するより有効な治療法を開発することである。そのためには、鼻腔内投与後の脳内送達効率と薬物物性との関係、さらに脳内に移行した後の動態とそれに影響を与える因子を明らかにし、その情報に基づいた製剤設計を行うことが重要である。まず、生体膜透過性、溶解度が異なる数種類のモデル薬物を用いて、鼻腔内投与後の脳移行性と物性との関係を検討したところ、直接移行経路を介して、脳に移行する比率が生体膜透過性が低い薬物において高いことが明らかとなった。鼻腔から脳に移行した後の脳内での薬物の移動・消失を評価したところ、膜透過性が低い薬物の脳内での移行・消失は速やかであるが、膜透過性の高い薬物の移動・消失は緩慢であることが示された。OXTの膜透過性は低く、脳内での移動・消失は速い可能性が示唆された。次に、脳内での薬物の移動・消失を支配する一因として、glymphatic system(GPS)に注目した。GPSは脳脊髄液(CSF)、脳細胞外液の脳内循環システムであり、acetazolamide (AZA)によって阻害されることが知られている。鼻腔内投与後のOXTの脳内濃度に対するAZAの影響を検討したところ、AZAの併用により、OXTの脳内濃度が増大することが示された。同時に、AZAは細胞膜に発現する水チャンネルであるaquaporin 4の発現量、脳内CSF量を低下させることが明らかとなり、AZAによるOXTの脳内濃度増大は、GPSの阻害によるOXTの脳内からの消失の遅延に基づく可能性が示唆された。以上の知見より、GPSの制御により、消失の遅延を介してOXTの脳内濃度を高めることが可能で、GPSの制御は、より有効な治療法の開発に有用であることが示された。
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