PDHが、がん促進因子として働く機構の解析を、(1)ミトコンドリアPDHによる代謝制御と(2)核PDHによる遺伝子発現制御の二つの側面から進めた。前年度までに樹立したPDHノックアウト(KO)乳がん細胞では、培養培地中に乳酸が放出され酸性化する現象が観察され、グルコースからピルビン酸を経て乳酸を産生する代謝経路が亢進していることが明らかになった。このKO細胞をヌードマウスに移植したところ、その腫瘍形成能が抑制されることを明らかにした。次に、この細胞にドキシサイクリン(Dox)添加によりPDHの発現を誘導できるベクターを導入して、レスキュー実験を実施したところ、KO細胞で抑制された腫瘍形成能が、Dox添加により回復することが明らかとなった。さらに、このレスキュー実験のDox添加のタイミングを変えて、Dox添加を移植直後に3週間のみ行う、移植後3週間経過してから行う、の二種類のタイミングで解析したところ、どちらの方法でも腫瘍形成能が回復する傾向がみられ、PDHによるレスキューは、腫瘍形成過程の早期・長期、どちらでも効果があることが示された。さらに、PDHノックダウン(KD)細胞と野生型細胞を比較したmRNA-seq解析を進めて、3つのKDクローンで共通して、有意に発現増加する遺伝子を探索したところ、炎症に関わる遺伝子、核膜と結合して核構造の制御に関する遺伝子が同定され、これらの遺伝子の高発現が腫瘍形成能にどのように関与するのかの解析を進めている。
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