研究課題
慢性炎症は線維化・がん化のリスクを大幅に上昇させるが、その分子機序は不明であり、有用な病態モデルマウスは非常に少ない。故に鍵分子の同定とそれを利用したモデルマウスの樹立は急務である。申請者はこれまで、組織恒常性の破綻や腫瘍化の原因となる因子の制御機構と作用機序の解析を行なってきた過程で、炎症性サイトカインIL-1に応答して、下流のキナーゼIRAK1が従来のNFκB経路だけでなく、線維化やがん化に密接に関与するβ-カテニンを活性化することを見出した。この活性はヒトIRAK1が持つ特有のアミノ酸モチーフに依存し、マウスIRAK1ではこの活性がないこともわかった。これにより、ヒトにおいて、IL-1-IRAK1のシグナル軸がNFκBならびにβ-カテニン双方を同時に活性化することが、慢性炎症組織内で線維化やがん化を引き起こす鍵となっているのではないかという仮説を立てるに至った。そこで本研究ではIL-1-IRAK1によるβ-カテニンの活性機構を解明し、その生理的意義をヒトIRAK1発現マウスを用いて解析することを主題としている。本年度はIRAK1によるβ-カテニンの活性化に影響を与えるシグナル因子阻害剤の検索を、セルベースのレポータースクリーニングアッセイを用いて行い、この活性に関与する可能性のあるシグナル因子の手がかりを得た。さらに、活性型のヒトIRAK1を組織特異的に発現させることのできる機能亢進トランスジェニックマウスの作製に成功し、今後in vivoでの解析を進めていく。
2: おおむね順調に進展している
IL-1-IRAK1-β-カテニンシグナル軸の分子基盤を解明するための手掛かりを得るために、ヒトIRAK1によるβ-カテニンの活性化に影響を与えるシグナル経路の検索を行なった。まず、β-カテニンの活性を定量化できるTCF依存的レポーター遺伝子が導入され、且つ活性型ヒトIRAK1を恒常的に発現するヒト肺がん細胞株H1299TR-hIRAK1*を樹立した。この細胞と、文科省分子プロファイリング支援提供によるシグナル阻害剤キット(約400種)を用いて、レポータースクリーニングを実行し、幾つかのシグナル因子の阻害剤がβ-カテニンの活性とヒトIRAK1のリン酸化を抑制することがわかり、この経路への関与が示唆された。本研究ではヒト慢性炎症合併病態を示すモデルマウスの樹立を主題の一つとしている。そこで、慢性炎症が惹起する繊維化・がん化が顕著であり、その過程にNFκBならびにβ-カテニンの関与が示唆されている組織注目して、活性型ヒトIRAK1をマウス個体内に組織特異的発現させてその病態を解析する。 この解析には、Rosa26遺伝子座にヒトIRAK1をFlox制御下で発現する遺伝子をノックインされたマウスが必須となる。そのためにRosa26遺伝子座に野生型および活性型ヒトIRAK1遺伝子を、蛍光タンパク質VenusとともにFlox制御下で発現するためのターゲットベクーを作成し、CRISPR/CAS9システムを利用したゲノム編集により、これが正しくRosa遺伝子座におよそ7kbの目的遺伝子がノックインされた2系統のマウスの樹立に成功した。
siRNAを用いた機能阻害によるレポーターアッセイでは、IL-1リガンドによるβ-カテニンの活性化にIRAK1は必要であるが、IL-1受容体が必要でないという予備的な結果を得ていることから、IL-1-IRAK1-β-カテニンシグナル軸には未知の受容体が介在している可能性が示唆された。さらに、ウエスタンブロットやqPCRを用いて分子マーカーや標的遺伝子を解析することで、多面的かつ慎重にこの結論を判断した後に、IL-1-IRAK1-β-カテニンシグナル軸に関与する膜タンパク質の検索を交付申請書に示した手法で遂行する。これまでの先行実験では、文献に報告されたグリオーマで見つかったヒトIRAK1の点変異体がβ-カテニンをより強力に活性化することがわかっている。それに加えて、データベースで検索すると、種々のがんにおいて多様な点変異があることが明らかとなったので、顕著な点変異に関して、それぞれヒト細胞への発現用DNAコンストラクトを作成して、NFκBならびにβ-カテニンの活性化能を野生型IRAK1と比較し、より強い活性を持つ変異体の同定を目指す。今回作製に成功した組織特異的に活性型ヒトIRAK1を発現させることができるRosaノックインマウスと、肺胞上皮細胞特異的および肝細胞特異的Creマウス(Sftpc-CreERT2、Alb-CreER)を掛け合わせ、肺の場合は各段階でタモキシフェンを投与し、組織特異的、時期特異的にIRAK1を発現させ、炎症誘導化および非誘導下において、その表現型とヒト慢性炎症合併病態との比較を行う。
今後本格的にマウスを用いた解析に入り、飼育するマウスの数が増えると予想されるので、次年度のマウス飼育費にまわす必要があるため。
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Cancer Sci .
巻: 112 ページ: 4303-4316
10.1111/cas.15079.