研究課題
悪性中皮腫は難治性の腫瘍である。早期発見が難しく、診断時に外科的な根治切除は困難であることが多いにもかかわらず、現在も有効な化学療法は確立されていない。悪性中皮腫の原因遺伝子は現在までに報告されているものはいずれもがん抑制遺伝子であり、がん抑制遺伝子を活性化させる薬剤の開発は一般的に困難である。そこで、本課題では合成致死表現型を利用することでがん抑制遺伝子変異を持つがんにおいてがん細胞特異的に死滅させる(副作用が少ない)新規分子標的を探索することを目的とする。具体的には、悪性中皮腫の各原因遺伝子(BAP1変異、LATS2変異、SETDB1変異)に対する合成致死遺伝子をスクリーニングした結果得られた候補遺伝子から、表現型を確定することで絞り込むべき候補遺伝子を決定する。担がんマウスでの表現型を確認する。さらに、合成致死を誘導する分子機構の解析を行うことで、悪性中皮腫増殖の分子基盤や原因遺伝子/候補遺伝子の腫瘍における機能を明らかにするとともに、新規分子標的薬候補としての評価を行う。2022年度の成果は以下である。・LATS2変異に対して合成致死表現型を示すと考えられた候補遺伝子の一つSMG6について、1)LATS2変異悪性中皮腫細胞株においてSMG6をノックダウンすると細胞増殖が著しく低下すること、2)その際DNA損傷が起こり、アポトーシスが誘導されること、3)SMG6の機能のうち、ナンセンス変異依存mRNA分解機構の制御ではなく、TERTの制御がこの合成致死表現型に関わっていること、4)合成致死にはTERTの機能のうちRNA依存性DNAポリメラーゼ活性が必要なこと、5)担がんマウスでも同様に合成致死表現型を示すこと、を明らかとし、論文報告を行なった(Cell Death Discov. 2022)。・BAP1変異に対する2つの候補遺伝子についても解析を進めた。
2: おおむね順調に進展している
1)LATS2変異に対して合成致死表現型を示すSMG6について、合成致死表現型を誘導する分子機構を示すととともに担がんマウスでの検討結果も加え、論文報告を行なった(Cell Death Discov. 2022)。2)BAP1変異に対する2つの候補遺伝子についても解析を進めた。a) USP1:免疫蛍光染色によりBAP1変異あり/なし、USP1ノックダウンあり/なしの組み合わせでDNA損傷(γH2AX)及びFANCD2のfoci形成を検討した。BAP1変異によりDNA損傷が増加すること、また、USP1をノックダウンするとFANCD2のfoci形成が減少することが明らかとなった。さらに、BAP1変異細胞においてUSP1をノックダウンすることで、FANCD2とγH2AXの共局在の割合が減少することも明らかとなった。以上の結果からBAP1変異により誘導されるDNA損傷の蓄積とUSP1のノックダウンによるFANCD2の機能不全が合成致死の誘導に関与している可能性が示唆された。b) CHK2:BAP1変異とCHK2の発現抑制により合成致死表現型が誘導されることから、CHK2関連のシグナル伝達経路についても同様の表現型が誘導されるか確認するために、BAP1変異細胞において各因子のノックダウンを行うことで細胞増殖を検討した。その結果、ATR-CHK1経路については関与していないことが示唆された。一方、ATM-CHK2経路に関しては関与が示唆されるものの更なる検討が必要と考えられた。
BAP1変異に対して合成致死表現型を示すことを確認しているUSP1遺伝子については、今までの結果をまとめ論文投稿準備を行い、2023年度中の論文掲載を目指す。担がんマウスのデータは得られているものの個体数を増やす。また、FANCD2のユビキチン化の定量が難航しているため、定量できない場合は局在の変化、関連する分子など別の指標を使った評価を検討する。CHK2遺伝子については、引き続き関連するシグナル伝達経路を明らかにするとともに、その経路にどのようにBAP1が関与していくのか検討を進める。また、in vivoでの検討も数を増やす。さらに、BAP1変異、LATS2変異に対する他の合成致死候補遺伝子、及びSETDB1変異に対する合成致死候補遺伝子について表現型が強いものを絞り込み分子機構やin vivoでの解析を進めていく予定である。
2022年度は、論文の投稿や修正・再投稿の過程で実験が滞った時期があり次年度使用が生じた。それらの研究費を用いて、1)USP1遺伝子での研究については、今までの結果をまとめ論文投稿準備を行い、2023年度中の論文掲載を目指す、2)担がんマウス実験、3)CHK2遺伝子のシグナル伝達経路の解析、4)BAP1変異、LATS2変異に対する他の合成致死候補遺伝子、及びSETDB1変異に対する合成致死候補遺伝子について表現型が強いものを絞り込み分子機構やin vivoでの解析を進めていく予定である。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (4件) 備考 (1件)
Talanta
巻: 251 ページ: 123796
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https://www.teu.ac.jp/information/2022.html?id=231