令和5年度は、研究計画の実験B「脳微小環境に順応した亜株の樹立とその解析」で、前年度までに5回の脳移植を繰り返して得た亜株A_Brに注目し、移植回数を遡って段階的に細胞の表現型を解析した。その結果、A_Br系統は脳移植1回目の時点で、in vitroでの足場非依存性増殖能や脳内での腫瘍形成能が亢進していることが判明した。さらに、5回の脳移植を繰り返した亜株の遺伝子発現プロファイルを基に、複数の変動遺伝子を抽出し、定量PCRで発現を検討したところ、脳移植1回目の時点で多くの遺伝子が変動していることが明らかになった。 この知見を踏まえ、昨年度取得した脳移植または皮下移植を繰り返して得た4つの亜株の遺伝子発現プロファイルから、脳微小環境への順応に重要な遺伝子候補を選抜した。A_Br細胞にshRNAノックダウンを行って影響を評価したところ、栄養素の膜輸送体をコードする遺伝子が脳および皮下での腫瘍形成に関与していることが示唆された。この遺伝子は一部のがんで発現と患者の予後が相関するが、小細胞肺がんにおける意義は不明であり、現在詳細を解析中である。 本研究で作成した亜株群は、脳および皮下での腫瘍形成能にバリエーションがあり、主には微小環境への順応の様式や程度の違いを反映していると考えられる。微小環境への順応機構を遮断することで、腫瘍巣の縮小や遠隔転移形成を抑制できる可能性があるため、本研究の成果である亜株群とその遺伝子発現プロファイル情報は、小細胞肺がんの新たな治療標的を同定するための、有用な研究材料となりうる。
|