研究課題/領域番号 |
21K07006
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
中村 佳司 九州大学, 医学研究院, 助教 (60706216)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 大腸菌 / O抗原・H抗原 / 血清型変換 / Sequence type / 比較ゲノム解析 / 志賀毒素産生性大腸菌 |
研究実績の概要 |
大腸菌の血清型別に利用されるO抗原とH抗原は、合成遺伝子領域の組換えによって変化すること(血清型変換)が知られている。本研究では、大腸菌における血清型変換の全貌解明を目的として、10万を越える大腸菌のゲノム情報をClonal complex (CC)ごとに分類し、系統解析と血清型変換の解析を行う。 令和3年度ではまず、本研究の解析環境を整えるため、大容量のデータの保存と解析を行うための解析用サーバーを新たに設置し、セットアップを行った。その後、サーバーに実装した解析用ソフトウェアの動作確認を行うため、CC29に属する菌株のゲノム配列を用いた予備的解析を行った。この解析では、同一の血清型およびSequence type (ST)をひとつの集団として代表株を選定し、菌株セットを構築した。解析の結果、CC29では、血清型変換が頻繁に起きている系統と変換が全く起きていない系統が混在していることが明らかとなった。この知見は、CC内においても、遺伝系統の違いによって、血清型変換の頻度が変化する可能性を示唆している。 また、CC29には含まれない志賀毒素産生性大腸菌O121:H19 (O121)のグローバルな集団構造を明らかにする過程で、O121およびその近縁菌株の系統関係と各菌株の血清型との関係を解析した。CC29の結果と同様、O121系統では血清型変換が起きていないのに対し、O121の近縁系統では変換が起きていた。また、O121菌株(n=442)の系統解析により、同一STの菌株が、2つの遺伝系統に分けられることが明らかとなった。この結果は、血清型とSTの情報に基づいて分類した集団内における各菌株間のゲノム配列が必ずしも類似していないことを示している。以上のO121の解析結果を、病原関連遺伝子の詳細な解析結果や志賀毒素産生性の菌株間バリエーションの結果とともに原著英語論文として報告した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で最も重要な設備である解析用大型サーバーは研究開始当初から研究室内に整備されていたが、研究室の共有資源であることから、サーバーの性能を全て活かして解析を行うことは困難であった。本研究専用のサーバーの設置とセットアップには比較的時間を要したが、これを利用することで、解析条件の検討を高速に繰り返し行うことが可能となった。このため、次年度以降の作業の効率化が期待できる。 CC (Clonal complex)ごとの血清型変換の解析のため、予め変換が起きていることが明らかであったCC29を対象とした。CC内の菌株のみを対象とした系統解析を行うことで、血清型の変換過程の詳細が明らかとなった。予想外の成果として、血清型変換が全く起きていない系統を特定することができた。当初は、血清型変換を規定する遺伝的要素の実態を解明するために、大腸菌の全CC(n=56)を対象として血清型変換の起きているCCと起きていないCCを特定し、両者を比較する計画であった。しかしながら、CC内の菌株間の遺伝的類似性はCC間のそれよりも明らかに高いため、血清型変換の頻度に基づいて分類した菌株セットを用いることで、解像度の高い解析を行うことが可能であると考えられる。CC内の血清型変換の頻度に差がある系統間のゲノム情報を比較することで、本研究で設定した課題の1つを解析できるようになることから、今年度の解析で得た知見は本研究にとって重要な進展をもたらした。また、O121:H19の研究成果から、当初の計画どおりに菌株セットを作成すると、CC内の遺伝的多様性を過小評価する可能性があることがわかった。予備解析の時点でこの知見を得られたことで、解析菌株の選定方法を再検討する必要はあるが、このあとの解析をより詳細かつ正確に行うことができると考えられた。 以上の状況を勘案し、本研究計画はおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
研究実績の概要に示した結果から、Clonal complex 29 (CC29)内の血清型変換の実態を解明する過程で、大腸菌系統全体を対象とした解析に対して幅広く適用可能な手法を構築でき、なおかつ重要な知見が得ることができると考えられた。予備解析では、血清型とST (Sequence type)が一致している菌株の集団から代表を1株選定して菌株セットを構築したが、結果を踏まえ、実際の解析では、CC29内の全系統を対象とした解析パイプラインに改善する。具体的には、始めに、できる限り最新のデータセットを使用するため、2022年4月時点で登録されているCC29の菌株のゲノム情報(n=9,430)を全て取得する。本研究専用のサーバーを利用すれば、比較的短時間に全てのデータを収集し、基礎データを得ることが可能である。次に、解析に使用可能なクォリティの菌株ゲノム(8,500から9,000株を想定)を対象として、ペアワイズの全ゲノム配列類似性に基づいた大規模クラスタリング解析を行う。このクラスタリングにより、複数の血清型の菌株が含まれる集団と単一血清型の菌株のみが含まれる集団に分かれることは、予備解析の結果から予想できる。実際の解析方法については、O121:H19の菌株セットを用いた検討がすでに完了している。最後に、各集団内に含まれる菌株を対象とした分岐年代推定と血清型変換を生じた組み換え領域、および、集団間の遺伝的差異について、当初の計画どおりに解析する。 以上のパイプラインは他のCCにおいても適用可能であり、各CCの特性とCC間の比較の解析を効率よく進めることができるようになると考えられる。そのため、まずはCC29の菌株のゲノム情報を用いて、十分な精査を行い、データを収集する。さらに、解析で得られた知見を本研究課題の成果のひとつとして、原著英語論文にまとめ、発表する予定にしている。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題は、公共データベースに登録されたゲノム情報を取得し、無償公開されているプログラムを用いて解析する。本年度の予算の大部分は、解析に最も重要なサーバーの導入に利用し、その後、追加でパーツを購入した。この設備により、計画した課題に取り組む事が可能となり、消耗品は発生しなかった。また、本課題は申請者所属の研究室内で完遂可能であること、コロナ禍により対面での研究発表機会がなかったことから、旅費は発生しなかった。このため、若干の次年度使用額が発生した。この金額は、来年度のサーバー用追加パーツ購入あるいは解析用PC購入の予算に充てる予定にしている。
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