研究課題/領域番号 |
21K07022
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
寺島 浩行 長崎大学, 熱帯医学研究所, 助教 (60791788)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | べん毛 / 走化性 / III型分泌装置 / 腸炎ビブリオ |
研究実績の概要 |
腸炎ビブリオ菌は、主に汚染された魚介類が原因となり炎症性の下痢を伴う感染症を起こす。病原性には、III型分泌装置(T3SS2)が重要であり、これを使い宿主腸管細胞に直接病原タンパク質を送り込む。そのため、病原性発揮には腸管細胞表面へ到達することが重要である。そこで、腸炎ビブリオ菌の移動・定着・細胞形態の変化といった「感染の前提条件」について解析し、腸炎ビブリオ感染症の分子メカニズムの解明を目指す。 本年度は、側べん毛の発現を制御するlafKやscrCの欠失株を作成し、運動能の評価を行った。また、III型分泌装置から分泌された病原タンパク質を解析した。ScrAが作るSシグナル存在下では、ScrCを介して側べん毛の発現が促進されるため、寒天培地上での運動能が上昇していた。一方で、病原性タンパク質の分泌は、わずかに低下していた。Scrが作るシグナル伝達を理解するために、ScrA・B・Cの結晶構造解析を行う予定である。各タンパク質の大量発現系の構築を行った。 走化性は、好きな化学物質に近づき、嫌いな物質から逃げる能力のことである。そのため、腸管上皮細胞への到達には、走化性が重要な働きをすると考えられる。そこで、腸内細菌叢によって生産された代謝産物に対して走化性を示すかどうかスクリーニングした。その結果、いくつかの代謝産物に対して、誘引応答や忌避応答を示した。また、受容体のメチル化修飾によって、走化性物質と走化性受容体の相互作用をアッセイするメチル化アッセイによって、いくつかの走化性受容体の認識物質を同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、腸炎ビブリオ菌の環境応答と病原性の包括的な理解を目指している。初年度の研究では、腸管表面などの粘性表面で働くと考えられる側べん毛の欠失体を作成した。また、側べん毛の発現を制御するシグナル伝達系であるScrシグナル系を構成するScrA・B・Cの欠失株を作成した。これらの変異体を用いて、運動能と病原性タンパク質の分泌能を解析し、ScrABCの過剰発現において、病原性タンパク質の分泌低下が起きることを見出すことができた。また、このシグナルの分子メカニズムを明らかにするために、結晶構造解析用のタンパク質大量発現系を作成することができた。現在、これらの解析を順調に進めているところである。また、病原性の発揮のためには、腸管上皮細胞表面まで到達することが必要である。そのために必要な走化性の解析を行なっている。いくつかの腸内代謝物に対して走化性を示すことを明らかにすることができ、その内のいくつかについては、認識受容体も同定することができた。現在、認識受容体の同定と、走化性に関わるシグナル伝達経路の遺伝的な解析を推進している。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究から、腸炎ビブリオ菌が粘性表面での這う運動に使う側べん毛の変異体を作成することができた。しかしながら、腸炎ビブリオ菌の側べん毛を用いた運動は、温度や培地の栄養素、塩濃度に大きく影響されていた。側べん毛での運動には、1%程度の塩濃度と30℃程度の温度が重要である一方、病原性タンパク質の分泌には、低塩濃度と37℃程度の温度が重要であった。この結果は、側べん毛での運動状態と病原性タンパク質の分泌状態が相反していることを示唆している。そこで、これらの遺伝子発現の制御を明らかにするために、低塩濃度37℃で運動する変異体の取得と原因遺伝子の解析を行い、べん毛運動と病原性発揮をコントロールしている制御システムを明らかにする。Scrシステムの構造解析については、結晶構造解析用にタンパク質の精製を行う。走化性の研究については、走化性物質を認識する走化性受容体の同定と、そのシグナルが伝わる下流の経路の同定を目指す。走化性シグナルは、基本的には走化性受容体からアダプタータンパク質CheW、キナーゼCheA、応答因子CheYを介して伝わる二成分制御系である。腸炎ビブリオ菌は複数のCheWホモログを持っているため、受容体の下流がどのアダプタータンパク質によって繋がれているのか明らかにする。また、応答因子CheYはべん毛の回転を制御している。しかしながら、走化性受容体から遺伝子発現制御にシグナルが伝わっている可能性をプレリミナリーな結果から想定している。そこで、走化性受容体から伝達されたシグナルを受け取る新規の応答因子の探索を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画は順調に推移しているが、コロナの影響もあり、消耗品類の消費が想定より少なくなり、また旅費として使用する機会が全くなかったため、結果として27236円の繰越金が生じた。2022年度の助成金は2021年度より10万円少なく、繰越金と合わせて、消耗品の購入と、おそらく現地開催が再開するであろう学会参加のための旅費として使用する予定である。
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