新型コロナウイルスのアウトブレイク以降、急速にその感染は拡大し、全世界で100万人を超える死亡者と、甚大な社会的・経済的な被害をもたらしている。新型コロナウイルス感染者の男女別統計によると、男性の重症化率および死亡率は高く、他の感染症よりも男女差が顕著であることが報告されている。本研究では、申請者らが新規に同定したエストラムスチンリン酸エステルナトリウム(エストラサイト)による新型コロナウイルスの増殖抑制機構を解明する。エストラサイトは、標的タンパク質に不可逆的に結合するナイトロゲンマスタード基がエストラジオール(女性ホルモン)に付加された化合物である。ナイトロゲンマスタード基は非特異的に作用するため、エストラサイトはエストラジオールと同一の標的タンパク質に作用すると推測される。そこで、エストラサイトをプローブとしたケミカルバイオロジー的なアプローチにより、女性ホルモンで制御される新型コロナウイルスの増殖機構を明らかにすることで、性差による重症化リスクを決定する責任分子の同定をめざす。 R4年度の解析より、エストラサイトはDMV形成を抑制することでウイルスゲノムの遺伝子発現を抑制している可能性が示唆されていた。そこでR5年度では、エストラサイトの標的因子を同定するため、女性ホルモンの主な結合タンパク質であるESR1をノックアウトした細胞を作成し、抗ウイルス活性を評価した。その結果、ESR1ノックアウト細胞でも、SARS-CoV-2の増殖は抑制されず、エストラサイトの抗ウイルス活性にも変化は観察されなかった。したがって、エストラサイトはESR1以外の宿主遺伝子を標的として、抗ウイルス活性を示すことが明らかになった。現在、ESR1以外の女性ホルモン結合タンパク質について、網羅的にノックアウト細胞を構築し、作用機構の解析を進めているところである。
|