2019年12月に突如発生したSARS-CoV-2は、世界中で生命を脅かす新興感染症(COVID-19)を引き起こす一本鎖(プラス)RNAウイルスである。このウイルスの特徴として、感染者のうち約40-45%は無症状である点が挙げられるが、ごく一部の感染者においては、主に肺炎を引き起こして重症化することが問題となっている。これらの病態に自然免疫応答がどのように関わっているかについては十分な報告がなく、さらにこの重症化のリスク要因として、喫煙やそれが原因とされる慢性閉塞性肺疾患(COPD)といった基礎疾患が数多く報告されているが、その詳細な分子機構については不明である。本研究では、(1)SARS-CoV-2に対する自然免疫認識機構と(2)喫煙やCOPDが及ぼす重症化のメカニズムの解析を行う。研究代表者らは、ヒト肺上皮細胞における自然免疫抗ウイルス作用に重要なタンパク質(センサー分子)を同定した。この因子は、ウイルスゲノムに直接結合し、ウイルスポリメラーゼを競合的に阻害するタンパク質であり、通常、このタンパク質が多く発現している肺上皮細胞ではウイルス増殖が認められなかった。一方で、喫煙およびCOPDにおけるこのセンサー分子の発現量について解析したところ、優位にそのタンパク質発現量が低下することを見出し、SARS-CoV-2の増殖が認められることを確認した。つまり、ヒト肺上皮細胞ではウイルス複製が抑制 されるが、少なくとも喫煙やCOPDなどの生活習慣要因がウイルス増殖の原因となり得ることを示した。加えて、このセンサー分子の発現が低下する分子機構の一端も明らかにした。このことは、感染者の半分近くが無症状とされるものの、一部の感染者では重篤な肺炎などを誘引し致死的な感染症を引き起こすCOVID-19の臨床症状を説明する知見となることが考えられる。
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