研究課題/領域番号 |
21K07118
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
滝野 隆久 金沢大学, GS教育系, 教授 (40322119)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | がん細胞 / 線維芽細胞 / 細胞外マトリックス / マトリックスメタロプロテアーゼ / 微小環境 / 浸潤 / 細胞運動 / インテグリン |
研究実績の概要 |
がん組織におけるがん細胞の階層性とがん微小環境の不均一性が、がん治療の大きな障壁となる。がん微小環境は、がん細胞や線維芽細胞等の細胞性成分と細胞外マトリックス(ECM)成分から構成されており、がん浸潤・転移や薬剤耐性等のがん悪性化進展に寄与している。がん組織におけるECMの再編成はがん微小環境の不均一性の中核であり、がん細胞のECM分解酵素であるMMPファミリーが関与している。特に膜結合型MMPであるMT1-MMPが、中心的な役割を担っている。 鉄は生体内の酸素運搬の担い手であり、細胞複製、成長や代謝の生体反応にも重要な金属であり、急速な細胞増殖を支えるためにがん細胞は正常細胞に比べて高い鉄要求性を有する。鉄の過剰な取込みや排出抑制による蓄積は、発がんやがん増殖に深く関わっている。近年、鉄の代謝異常は、がん細胞の浸潤・転移などのがん悪性化進展にも寄与することがわかってきた。今回我々は、鉄がMT1-MMPによるMMP-2活性化とがん細胞浸潤に及ぼす影響を検討した。ヒトがん細胞をクエン酸鉄アンモニウムで処理するとMT1-MMPの発現が亢進され、MMP-2の活性も誘導された。鉄キレート剤でがん細胞を処理するとMT1-MMPの発現が低下し、MMP-2の活性化が顕著に抑制された。3次元コラーゲンゲル内で培養したがん細胞を鉄キレート剤で処理するとMT1-MMPの発現低下、MMP-2の活性化抑制とともに細胞遊走能の低下も認められた。新規の浸潤アッセイ法を用いてマトリゲルからコラーゲンゲルへの細胞浸潤およびコラーゲンゲル間の細胞浸潤を測定した結果、鉄キレート剤はMT1-MMPによるMMP-2の活性化を抑制することで細胞浸潤を顕著に抑制することが判明した。鉄キレート剤は、細胞増殖抑制とともに浸潤・転移抑制にも効果的であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
細胞外マトリックス(ECM)の再編成は、ECMの産生と沈着、重合、分解、細胞による物理的な牽引力による再配列により制御されている。これらのプロセスの破綻により、がん組織特有の不均一なECMが形成され、がんの増殖や悪性化進展が誘導される。鉄はDNA合成、細胞周期やエネルギー産生等に関与する酵素群に使用されており、生体の必須金属の一つである。がん細胞の急速な細胞増殖を支えるため、がん組織では正常組織に比べて鉄の蓄積が多いことが知られている。鉄の過剰な取込みや排出抑制による細胞内蓄積は、発がんやがん増殖に密接に関わっている。今回、ヒト膠芽腫、線維肉腫と肺小細胞がん由来の細胞株では、MT1-MMPの活性発現に鉄が重要であることが判明した。細胞培地への鉄の添加は、がん細胞におけるMT1-MMPのmRNAとタンパク質の発現量を増大させ、その結果MT1-MMPを介したMMP-2活性化を亢進した。がん細胞を鉄キレート剤で処理することにより、MT1-MMPのmRNAとタンパク質の発現量が減少し、MT1-MMPを介したMMP-2活性化が抑制された。がん細胞浸潤は、申請者が開発した上下二層のゲル間の細胞の垂直移動を測定する細胞浸潤測定法(invading cell trapping assay)を用いて評価した。がん細胞の鉄キレート剤処理は、コラーゲンゲル間の細胞移動とマトリゲルからコラーゲンゲルへの細胞移動を顕著に抑制した。一方で正常なヒトの皮膚、肺、口腔線維芽細胞では、鉄キレート剤による細胞運動抑制は認められたが、MT1-MMPを介したMMP-2活性化の抑制は認められなかった。鉄は線維芽細胞によるECMの産生や集積の促進に重要であることから、がん細胞と線維芽細胞間によるがんECMの形成には、鉄が情報伝達分子として機能している可能性が考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
細胞外マトリックス(ECM)の再編成には、様々な増殖因子や炎症性サイトカインが関与している。中でもTGF-betaシグナルは、細胞の上皮―間葉転換を誘導すること、常在する線維芽細胞の活性化を誘導することにより、ECMの再編成に関わっていると考えられている。上皮―間葉転換は、正常組織では組織形成や創傷治癒、組織の線維化に関与している。一方でがん細胞における上皮―間葉転換は、浸潤、転移、薬剤抵抗性の獲得等、がんの悪性化進展に関わっている。高転移性がん細胞にはTGF-bateシグナル経路に混乱を生じる遺伝子変異とエピゲノム変化が必要であり、鉄依存的ヒストン脱メチル化酵素の関与も報告されている。TGF-betaシグナルは、がん関連線維芽細胞の前駆細胞の形質転換にも重要である。今回の研究から、がん細胞内の鉄はMT1-MMP依存的なMMP-2の活性化制御に関与するが、正常線維芽細胞内の鉄はMT1-MMP依存的なMMP-2の活性化には余り関与しないことが示唆された。がん組織中の高い鉄濃度は、積極的ながん細胞の増殖性とがんECM形成に寄与していることが考えられる。がん細胞と線維芽細胞のシグナル伝達経路、遺伝子発現プロファイル、プロオテオーム等のin vitro解析を駆使して鉄によるMT1-MMP活性発現制御因子の同定とその制御機構の解明を試みる。また、金沢大学がん進展制御研究所機能ゲノミクス研究分野(鈴木健之教授)で作成されたエピジェネティクスに関連する遺伝子発現抑制ライブラリーの中から鉄による影響を受けやすい遺伝子のshRNAをがん細胞に導入し、鉄によるMT1-MMP活性発現を正負に制御するエピジェネティク因子の同定も試みる。以上の結果を踏まえて、がん細胞と線維芽細胞の相互教育プログラムを解明し、がん微小環境を正常化へと導く方法の開発を目指す。
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