2023年度においては、2022年度までに見出していた不死化ヒト角化細胞 (HaCaT cells)におけるSPOP依存的な脂質代謝変動の詳細な解析とそのDNA複製に対する影響を調べた。SPOP発現抑制HaCaT cellsでは特殊なリン脂質分子種が減少していることを2022年度に実施したノンターゲットリピドミクスで見出している。2023年度においては、当該リン脂質分子種の産生を担う責任酵素を発現抑制した結果、予想通りに当該リン脂質分子種の存在量が減少した一方で、Eduの新規DNAへの取り込み量に変化が見られず、p21などのチェックポイント因子の発現変動も全く見られなかった。以上より、当該リン脂質分子種はDNA複製には関与していないことが示唆された。 ノンターゲットリピドミクスで得られたデータを詳細に解析したところ、SPOP発現抑制細胞では中性脂質分子種が大きく減少していることを新たに見出した。この脂質変動はDNAライセンシング因子であるCdc6やCdt1の発現抑制下でも見られたため、G1期からS期への進行が止まった細胞の脂質シグナチュアであることが示唆された。 SPOPの標的が中性脂質の代謝酵素である可能性が考えられたため、SPOPと相互作用するタンパク質が共通して保有するデグロンを有する中性脂質の代謝酵素を探索したが、同定には至らなかった。一方で、興味深いことに、Cdc6を高発現する癌細胞株では中性脂質の量が激増していることを見出した。G1期からS期への進行において、中性脂質のダイナミックな代謝変動が生じている可能性がある。
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