研究課題/領域番号 |
21K07127
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研究機関 | 順天堂大学 |
研究代表者 |
安川 武宏 順天堂大学, 医学部, 准教授 (90646720)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 癌微小環境 / ミトコンドリアトランスファー / 間質 |
研究実績の概要 |
固形癌で生じる腫瘍は、癌細胞だけでなく多彩な間質細胞(非癌細胞)とともに構成されている。間質は線維芽細胞、免疫細胞、内皮細胞等を含み、中でも線維芽細胞は豊富に存在し、癌細胞から様々な影響を受けて活性化された線維芽細胞は癌関連線維芽細胞(cancer-associated fibroblasts: CAFs)とよばれる。癌悪性化は癌細胞の遺伝子変異に限らず、CAFsが放出する成長因子やサイトカインによっても促進される。また、CAFsはコラーゲンなど細胞外基質タンパク質を産生し、抗癌剤耐性に関わる線維化に深く関与する。CAFsと癌細胞の関係は複雑であり、これを理解し癌微小環境での癌細胞と間質細胞のインタープレイに介入して制御できるようになることは、癌への理解を深め、治療抵抗性に対抗するために重要である。ミトコンドリアは、一般的に細胞増殖過程で母細胞から娘細胞へと垂直に伝わるが、これとは別に、1つの細胞からもう1つの細胞へミトコンドリアが水平に移動する現象が認知されており、細胞間ミトコンドリアトランスファー(horizontal mitochondrial transfer: HMTと略す)とよばれる。癌研究分野でもHMTの報告は散見され、悪性化に重要な役割を果たしていると推測できるが、その役割やメカニズムはまだ充分に理解されてない。そこで本研究では、CAFsから癌細胞へのHMTが及ぼす影響を多層的に解析して理解し、また、HMTのメカニズムを明らかにするため、膵癌をモデルにして研究を進展させた。膵癌は間質が豊富で、間質にはCAFsが豊富なので、HMTが膵癌悪性化に大きな寄与をしている可能性は高い。膵癌細胞株2種類、非癌細胞として膵臓線維芽細胞・膵星細胞を用いて、HMTがおきることを確認した。更には癌細胞株によってHMTの効率が異なることを含め、いくつかの興味深い特徴を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
正常膵臓線維芽細胞・膵星細胞のミトコンドリアに赤色蛍光タンパク質を、膵癌細胞の細胞質に緑色蛍光タンパク質をそれぞれ発現させ、非癌細胞―癌細胞の組み合わせでこれらを共培養した後、フローサイトメトリー解析、蛍光顕微鏡観察という2つの手法を用いてHMTが前者から後者へおきることを確認した。これまでに2種類の癌細胞株(ここではA、Bと呼ぶ)で同現象を確認した。共培養に投入する膵臓線維芽細胞・膵星細胞の状態、細胞数、癌細胞・非癌細胞の比率、共培養の期間、培地組成、共培養を開始する前の癌細胞の前処理、共培養後の細胞をセルソーターで分取して再び培養を行うときの条件など、様々な条件を検討して実験系の確立に努めた。 (1)1回の共培養実験に、共培養期間だけで9日間かかるため、研究が当初期待したよりも迅速に進んでいないが、地道に条件検討を行った結果、確実にHMTを観察するインビトロ実験系を確立できた。 (2)癌細胞株Aで約40%の癌細胞にHMTが確認されたときに、癌細胞株BではHMTが約10%であった、癌細胞間でHMT効率が異なることが強く示唆された。 (3)そして、HMTされたミトコンドリアが、癌細胞内でネットワーク状の形態をとって機能しているようにみえる場合と、癌細胞内で小さなドット状にみえ、あたかもオートファジー分解されているかのようにみえる場合の2つの形態をとることを見出した。 (4)加えて、HMTを受けなかった癌細胞群は偶然HMTを受けなかったのではなく、HMTを受けにくい性質をもともと持っていることを示唆する予備的結果を得ており、ひるがえってHMTを受ける能力をもつ特定の亜集団が存在すると仮定しており、現在検討を進めている。 (5)一連の研究結果から、HMTを受ける能力をもつ亜集団が癌幹細胞的な性質をもつのではないかという仮説を考え至り、現在、さらに実験を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
腫瘍内で膵癌細胞が間質線維芽細胞からHMTを受けた場合にどのような効果が生じるのか、また、どのような分子メカニズムでHMTがおきているのかを理解するために、本研究で確立したHMTアッセイ系を基盤として実験を進める。 (1)膵星細胞と膵癌細胞の共培養を行い、HMTを受けた膵癌細胞と、受けなかった膵癌細胞をセルソーターでそれぞれ分取する。そして、RNA-sequencing、あるいはsingle-cell RNA-sequencingによるRNA発現解析や、質量分析によるタンパク質解析といった網羅的解析を行い、HMTの有無によって癌細胞の遺伝子発現状態にどのような差異があるのかを明らかにし、膵癌HMTで鍵となる候補因子を絞り込み、HMTに重要な役割を果たしている因子を同定する。 (2)上記同様に、分取を行った後、HMTを受けた癌細胞と受けなかった癌細胞で、ミトコンドリア活性、細胞増殖力や浸潤力、また、転移に関与する上皮間葉転換などを検討し、癌細胞に対するHMTの機能的な効果を明らかにする。加えて免疫不全マウスを使用したゼノグラフトモデルも利用してHMTが癌細胞の腫瘍形成・増殖・転移能に影響を与えるのかを明らかにする。 (3)上記の一連の実験でHMTを受けた癌細胞が悪性化の性質を示せば、HMTを阻害することによる効果を研究していく計画である。例えば、膵星細胞のミトコンドリア機能を障害するような操作を加え、どのような処理によってHMTが阻止できるかを検討する。また、実臨床で使用されている抗癌剤によってHMTが阻害されるかも検討する。また、(1)で見出した候補因子の遺伝子発現を抑制するアプローチからも検討する。 (4) 加えて、これまでは2次元平面共培養系を用いてきたが、HMT効率を上昇させるために3次元共培養系でのHMTアッセイ系を確立し、さらに研究を発展させたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由:研究遂行に必要な物品の購入やその他にかかった総費用が予定よりも下回ったため。 使用計画:研究を遂行するための物品や消耗品、試薬の費用、遺伝子発現解析やタンパク質発現解析に係る費用として使用させていただく計画である。
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