申請者らは、マクロライド系薬剤であるイベルメクチンによるWnt/beta-cateninシグナル経路への阻害作用が、mTOR複合体の構成因子であるTELO2への結合を介することを見出した。これは、新たな機序で作用するがん治療戦略として魅力的であるが、同薬剤の過量投与はGABA様の中枢抑制作用等の副作用を起こす。本研究では、「イベルメクチンの誘導体化によって、Wnt/beta-catenin経路阻害作用の増強と中枢抑制作用の軽減を両立できる。」という仮説をたて、TELO2を介したWnt/beta-catenin経路阻害薬のリード化合物の創成を目的とする。 構造生物学的にイベルメクチンのGABA様作用を担うことが予想されているベンゾフラン構造を改変した誘導体にも、Wnt/beta-catenin経路阻害活性が残存することを2022年度に明らかにしていた。今年度は、GABA阻害薬であるビククリンによって誘発されるマウスの痙攣を抑制するかを指標に、イベルメクチン誘導体のGABA様中枢抑制作用を評価した。投与後5分以内に対照群の全個体(100%)に自発的痙攣を誘発するビククリン量として6 mg/kgを腹腔内投与した。誘導体化前のイベルメクチン10mg/kgを腹腔内に前投与することで、痙攣誘発率が14.3%まで低下した。一方、ベンゾフラン環構造を改変した誘導体10mg/kgを同様に前投与したところ、痙攣誘発率は50%であった。したがって、ベンゾフラン環の構造改変は中枢抑制作用の低減に有効であることが実験的に証明された。しかし、ベンゾフラン環構造を改変しても、完全に中枢抑制作用を消失するには至らなかった。他方、Wnt/beta-catenin経路阻害活性に必要な最小構造を明らかにするための構造改変によって、同阻害活性は中枢抑制作用を担うベンゾフラン構造に依存しないことが明らかとなった。
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