研究課題/領域番号 |
21K07337
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研究機関 | 愛知医科大学 |
研究代表者 |
藤川 誠 愛知医科大学, 医学部, 助教 (90573048)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | アルツハイマー病 / ミトコンドリア / ATP合成酵素 / GPD2 |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病 (AD) 発症モデルマウスにおいて脳内にアミロイドβ が沈着する以前に、(1) 血球のエネルギー代謝活性が亢進すること、(2) 血球の中でも血小板のGPD2 を介したATP合成活性が亢進すること、(3) GPD2 タンパク質の発現量も増加すること、などを明らかにした。 ADの発症前診断に応用するという目標を達成するために、より簡便な判定方法として、血球を分離することなく、全血の ATP合成活性を直接測定する方法を確立した。その方法を用いて、AD発症前後における野生型および ADモデルマウスから採血し、血球(白血球および血小板)由来のエネルギー代謝活性を測定している。現時点では、サンプルサイズが足りていないので統計的解析を実施していないが、中央値を見る限り、分離した血小板の時と同様の傾向が見られている。 AD発症前に血小板の GPD2 を介した ATP合成活性が亢進するメカニズムを明らかにするため、GPD2タンパク質の発現量をウエスタンブロットで解析したところ、GPD2タンパク質量が有意に増加していることが示された (前年度報告)。そこで、このGPD2タンパク質の増加が遺伝子発現の亢進によるのかタンパク質の安定性などによるのかを確かめるため、GPD2 mRNA の定量解析も試みた。しかし、現時点で qPCR解析に十分な total RNA を安定的に精製することができていない。 また、GPD2がエネルギー代謝に与える影響について検討する過程で、ヒト神経芽細胞腫由来 SH-SY5Y細胞を用いた研究から、GPD2と幹細胞性との関係性についての論文を公表した。GPD2は細胞内のエネルギー代謝様式にとって重要であり、GPD2の発現変化が幹細胞性に影響を与えることから、今後、AD発症前のGPD2の発現および活性の上昇のメカニズムを解明する上で重要な知見を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
AD発症前に血球ATP合成活性が亢進するメカニズムを解明するため、白血病患者由来の前骨芽球 (HL-60) を用いてアミロイドβや呼吸鎖阻害剤を投与して、分子生物学的な解析を行う予定であった。しかし、ATP合成活性が阻害されるとの見込みとは逆に亢進し、白血球ではなく血小板であったため、血小板のモデル系を構築することが容易ではなかった。また、血小板には貪食作用はないので、一部、血小板の前駆状態である巨核球へ分化誘導可能な培養細胞のモデル系があるものの、細胞外からアミロイドβ を投与しても細胞内への影響を見ることは困難であると予測された。 そこで、ADモデルマウスを用いて GPD2 活性亢進のメカニズムを解明するために、全血から密度勾配遠心で血小板を分取して、mRNA の発現解析を試みた。ところが、血小板は核を有さず total RNA 量が微量であるため、1匹のマウスから必要量の RNA を調製することができなかった。これらの理由から、血小板内のGPD2を介したATP合成活性亢進のメカニズムを解明するための遺伝子発現解析が実施できなかった。 次にGPD2 が翻訳後の活性調節を受けるかを調べるため、先に述べた GPD2 のノックダウン細胞に対して異所的に GPD2 を発現させた系を構築した (ただし GPD2 の活性が回復するか否かは次年度に持ち越し)。 GPD2 はグリセロリン酸シャトルとして有名でありながら構造的な解析がなされていないので、カルシウム結合ドメインと推定される領域などへの変異導入を行うための準備を進めた。
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今後の研究の推進方策 |
マウス1匹から血小板由来 GPD2 mRNA の転写量を解析することができなかったので、5~10匹の血液をプールして定量解析することを試みる。GPD2 の発現変化が転写量変化と相関するのか否かを明らかにしたのちに、AD発症前に血球エネルギー代謝活性が亢進する現象に関する論文を国際誌に公表することを目指す。 本課題の申請時、血中に含まれる微量アミロイドβ が白血球の貪食作用により取り込まれることで、血球のエネルギー代謝が影響を受けると想定していた。しかし、貪食作用のない血小板のエネルギー代謝が有意に変化することが明らかとなった。興味深いことに、血小板はアミロイドβ の前駆タンパク質である App を発現していることが知られている。そこで、血小板の細胞内で発現したアミロイドβ が GPD2 の量だけでなく質的な影響を与える可能性についても検証する。そこで、GPD2 の異所的な発現系を構築してアミロイドβ を投与したり、App 遺伝子を過剰発現させたときの GPD2タンパク質の変化を細胞生物学的な in vitro の手法で解析して、AD発症前の GPD2 の質的な影響を解明する手がかりを探索する予定である。 血小板を用いた in vitro の実験系は、マウス大腿骨由来骨芽球から巨核球を単離したり、ヒト白血病由来 K562細胞株の巨核球系細胞への分化誘導を利用した実験を想定している。大腿骨由来骨芽球の場合は本研究で使用している ADモデルマウスを用い、K562株では App (NL-G-F) 遺伝子を異所的に発現させた亜株を作成して巨核球への分化誘導後のエネルギー代謝を調べる。これらの実験系を利用して、App (NL-G-F) 変異体の異所的発現による GPD2 を中心としたミトコンドリア機能の変化を解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
血小板における GPD2 の発現解析を進めたのちにこれらのことを論文として公表する予定であったが、血小板の mRNA 解析が当初の想定よりはかどらず、論文投稿に至らなかった。mRNA 解析については先述したとおり対策を講じており、また先行研究などからも実現可能性が高いので前年度に引き続き令和5年度に実施する際に前年度未使用額を執行する予定である。週齢をそろえた 5~10匹の ADマウスをまとめて採血するため、令和4年度内に実施できなかった。現在、ヘテロ接合体マウスを準備しており、一斉に交配を開始してまとまった匹数のマウスから mRNA を調製する。 GPD2 の質的な機能変化に関しては、時間を要する可能性が高いので、投稿予定論文には含まず、GPD2 の異所的な発現や GPD2 の局在性の確認といった実験系の構築を進めることにつなげていく。
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