研究課題/領域番号 |
21K07402
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研究機関 | 愛知学院大学 |
研究代表者 |
丸山 和佳子 愛知学院大学, 心身科学部, 教授 (20333396)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | パーキンソン病 / 構造異常アルファシヌクレイン / 口腔内炎症 / 酸化ストレス / 脂質過酸化 |
研究実績の概要 |
パーキンソン病(PD)は加齢とともに発症率が増加する神経変性疾患の中で、アルツハイマー病に次いで発症頻度の高いものである。超高齢社会を迎える日本のみならず、全世界において患者数が増加しており、予防及び治療法の開発は喫緊の課題である。 近年、消化管に分布する自律神経終末で生成された構造異常alpha-synuclein (Syn)が逆行性に中枢神経に伝播し、PDを惹起するというBraak仮説が脚光を浴びている。口腔は消化管の中で最も吻側に位置しており、サンプル採取や肉眼的観察が容易である。近年、唾液腺に分布する迷走神経にSynの蓄積が認められること、唾液中にSynが存在することが報告され、口腔病変がPD発症に先行する可能性が示唆されている。本研究課題では、「PD患者では腸管内慢性炎症が酸化ストレスを増加させ、その結果生成された毒性をもつ Syn が中枢神経に逆行性輸送されることでPDを発症させる 」との仮説を口腔に応用し、口腔内炎症のPD発症への関与について検討する。口腔内における炎症は他の消化管におけるそれよりも、血管系および末梢神経からの逆行性輸送により中枢神経変性のリスクをより強く増大させる可能性がある。 2021年度は名古屋大学医学部神経内科との共同研究によりPD患者及び対照患者の唾液を採取し解析を行った。口腔炎症の初期段階である歯肉炎において、口腔内酸化ストレスを引き起こすmyeloperoxidase(MPO)の唾液中活性について検討した結果、PD患者においては唾液中MPO活性及が正常対照と比較して有意に増加していることが示され、口腔内炎症の存在が確かめられた。 2022年度は口腔内炎症の原因を探索するため、PD患者唾液中の細菌叢の変化を解析するとともに、唾液中MPO活性を変化させる因子について予備的検討を行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
愛知学院大学心身科学部と名古屋大学医学部神経内科学教室との共同研究にて倫理委員会の承認のもとにパーキンソン病患者(PD)患者117名、レム睡眠行動異常症(REM sleep behavior disorder,RBD)患者11名、正常対照者68名の唾液を採取、保存した。【名古屋大学医学部倫理委員会にて承認(受付番号8277)】。 PD患者、RBD患者、正常対照者の唾液中口腔内細菌叢の変化について検討するためPD患者117名、正常対照者68名の唾液中の細菌に由来する16S rRNAを単離し、得られた16S rDNAをシークエンスすることで細菌の種類を同定した。その結果、PD患者、RBD患者、正常対照者の間に口腔内細菌の有意な差は認められなかった。 また、唾液中のalpha-synuclein (Syn)の測定を、ELISA法、Western blot法、dot plot法にて試みたが、いずれの方法でも測定感度以下であった。 2021年度の研究では、PD患者から得られた唾液ではMPO活性の有意な増加が認められたため、2022年度はMPO活性をMPOタンパク量で除した比活性をMPOの酵素標品と比較した。唾液由来のMPOの酵素比活性は酵素標品と比較して大きなばらつきが認められ、唾液中に存在する何らかの因子がMPO活性に影響を及ぼす可能性が示唆された。酵素標品中にヒト唾液を加えて活性を測定し、両者のMPO活性の和(理論値)に対し、実際に測定したMPO活性(実測値)を比較した。PD患者17名の唾液ではMPO標品活性を抑制したものが6例、影響なしが4例、活性を亢進させたものが4例であった。健常な高齢者20人の中で唾液のMPO標品活性を抑制したものが2例、影響なしが10例、活性を亢進させたものが8例であり、PD患者ではMPO活性を抑制するものが多い傾向が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度の研究でPD患者において認められたMPO活性の上昇は、口腔内の一次免疫機構である好中球活性化が亢進していることを示しており、本研究課題の仮説である「パーキンソン病患者では口腔内炎症が亢進している」ことが確かめられた。 2022年度は、2021年度の結果を受け、唾液中MPO活性上昇の機序を検討することとした。PDにおいては、早期から腸内細菌叢や腸内短鎖脂肪酸の変化が起こることが知られており、世界的な共通因子とて酪酸等の短鎖脂肪酸の低下と腸内細菌であるAkkermansia の増加が異なる食生活、異なる人種背景をもつPDで認められることが平山らによって報告されている(Mov. Disord., 2020)。2022年度、我々は唾液から得られた細菌由来のゲノムを解析することで、口腔内細菌叢がPDで変化している可能性について検討を行ったが、有意な変化は得られなかった。この原因は、解析サンプルが比較的少数であり、患者ごとのばらつきが大きかったこと、また、口腔は腸管よりも食物、歯磨きなどの外的要因の影響を受けやすいことなどが原因である可能性がある。 また、ヒトの唾液には、MPO酵素活性の有無にかかわらず、MPO活性を制御する因子が含まれることが明らかとなった。今後、唾液中に存在するMPO活性に影響を及ぼす生体因子が低分子化合物、高分子化合物(タンパク質またはそれ以外)のいずれかであるか検討する予定である。 2023年度は、唾液を用いて炎症関連液性因子であるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、インターロイキンなどの定量を行い、PDにおける口腔内炎症のマーカーとしての有用性を総合的に評価する。また、PDにおける口腔内炎症の重要性について、臨床症状、経過を含め総合的な検討を行い、「神経変性疾患における口腔炎症の役割」について新たな知見を得ることを目標として研究を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
人件費の2月、3月の支払いが繰越となったため次年度使用が必要となった。 2023年度は最終年度であるが、残りの研究費については当初の計画通り使用する。具体的にはヒト唾液中炎症性因子測定のための消耗品購入と分析を行うための人件費を使用予定である。
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