研究課題/領域番号 |
21K07443
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
伊澤 良兼 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (90468471)
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研究分担者 |
畝川 美悠紀 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 研究員 (10548481)
滝沢 翼 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (30778874)
塚田 直己 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 研究員 (80868563)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 脳血管障害 / 血管透過性 / 血管内皮細胞 / タイトジャンクション / トロンビン / β1インテグリン / 二光子顕微鏡 / 脳出血 |
研究実績の概要 |
脳血管障害は要介護状態となる原因疾患の第一位を占め、2018年に成立した「脳卒中・循環器病対策基本法」の基本理念である、健康寿命延伸の観点から大きな社会的問題となっている。血管内治療など超急性期脳梗塞治療の進歩は目覚ましいが、脳梗塞の発症予防は、いまだ抗血栓療法と血圧管理などに依存し、新規治療法は久しく開発されていない。抗血栓療法は脳出血発症リスクと表裏一体であるなど、脳血管障害の治療で解決すべき課題は多く、脳血管性認知症に至っては治療法が存在しない。安全性と有効性を両立した脳血管障害、さらには脳血管性認知症に対する治療の確立は喫緊の課題である。 本研究は、内皮に血栓が生じる機序、血管が破綻する機序、神経組織が機能低下する機序の解明を目的とし、脳血管透過性亢進モデルマウスを用いて、血管透過性調節による脳血管障害・血管性認知症の新たな治療概念確立を目指すものである。これにより実臨床で用いられる各抗血栓薬の有効性と安全性の違いや特徴を統一的に説明する理論の確立も目指す。 2021年度は本研究の先行研究結果をまとめた共著論文が提出され、血栓形成(止血)作用を持つトロンビンが脳微小血管障害(血管透過性亢進作用)により脳出血リスクを上昇させる可能性を示したが、これは直感的に想定されるトロンビン作用と真逆の視点を提唱するものである。また、トロンビンが脳微小血管の透過性を上昇させる様子をin vivo、生存下で連続(経時)的に捉えることに成功した。2020年度までの研究成果報告書では統計解析上は、本研究の実験仮説が誤りである可能性も否定できない状況であったが、実験手法改善により、仮説からの予測と一致する結果が蓄積され、統計的評価にも頑健であった。このように、本研究が目標とする「血管透過性制御機構」の解明という観点から、提唱する理論的仮説が真である蓋然性が一定程度高まるデータが得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当申請の先行研究結果をまとめた共著論文が2022年4月Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolismにアクセプトされた。この論文では、これまで脳血管障害において血栓形成(止血)作用を持つトロンビンが脳微小血管障害(脳血管透過性亢進作用)により脳出血リスクを上昇させる可能性を示したもので、これまでの伝統的、直感的に想定されるトロンビン作用とは真逆の視点を提唱するものである。この論文と同様のモデルを用いる当申請の研究では、これまでにトロンビンが脳微小血管の透過性に作用する様子をin vivo、生存下で連続的(経時的)に捉えることに成功している。2020年度までの研究成果報告書では実薬(トロンビン)投与群とプラセボ群とで、血管透過性の変化率に有意差がつかず、当研究の実験仮説が誤りである可能性も懸念されたが、実験手法改善により、仮説から予測される結果に一致したデータが蓄積されつつあり、統計的にも有意差が確認される状況となっている。このように、当研究が目標とする「血管透過性制御機構」の解明という観点からは、提唱する理論的仮説が真である蓋然性が一定程度高まったといえる。 一方で、研究計画は当初の申請内容と比較し、多少の遅れを認める。その主な理由として、①当学内における動物飼育施設の大規模改修に伴い一定の飼育制限が生じたこと、②手技が複雑かつ時間を要するため実験数の蓄積に予想以上の時間を要したこと、③採用した脳定位固定トロンビン皮質下注射モデルは新規手法であるため、最適条件が決定されるまでプロトコールの修正、改善に時間を要したことが挙げられる。しかしながら、論文がアクセプトされ、我々の提唱理論から想定される結果が得られつつあることは、当研究の理論的背景、血管透過性調整メカニズム(仮説)の正しさを裏付けるものであり、総合的に研究進捗は順調と考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究推進については、実験モデルの変更により、研究全体の進捗状況に若干の遅れはみられるものの、概ね順調と判断されることから、当初の研究申請内容に従い遂行する方針である。2022年度(2年目)は、脳定位固定トロンビン皮質下注射による、脳血管透過性亢進モデルを用いて、より観察数を増やし、トロンビン曝露による影響について様々な観点からデータを総括する。例えば、RhoK阻害薬、MLCK阻害薬のほか、現在実臨床で用いられる様々な薬剤が、血管透過性の変化(増大の程度や、透過性亢進時間)、脳浮腫、出血性変化の有無・体積などに影響を与えるか検討を行う。 当研究の目的である「なぜ脳梗塞・脳出血、脳血管性認知症は生じるのか」「脳血管障害および脳血管性認知症の高リスク患者で観察される、血管内皮細胞間の間隙拡大、脳血管透過性亢進の機序はなにか」という問題の解決には、脳微小循環におけるトロンビン産生、β1インテグリンの発現変化など、複雑に相互作用する多因子に着目した評価が必要である。そこでβ1インテグリンの特異的阻害抗体であるHa2/5抗体のin vivoでの作用について評価を行い、in vitroで得られているデータとの整合性を評価する。また、トロンビンはβ1インテグリン介在性細胞内シグナルと共通の経路で血管透過性に影響する可能性があることが、過去の研究報告から想定されるが、これら細胞内シグナリングの解明には、in vitroでの研究手法も欠かせない。そこで脳血管内皮細胞由来bEND3細胞を用いて、トロンビン、β1インテグリン、各キナーゼの内皮細胞透過性調節メカニズムにおける相互作用を評価する。また、可能であれば、現在、臨床において用いられている、あるいは臨床試験で開発中の各抗血栓薬の血栓抑制作用、出血誘発性について、我々のモデルマウスを用いて、血管透過性の観点から評価することも検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度に当学動物飼育施設の大規模改修工事が行われ、当研究で用いる遺伝子改変マウスの飼育数を漸減した。また、受精卵の凍結保存、その後の個体復元作業を実験動物中央研究所に委託する必要性が生じた。その間、実験に用いる必要最低限のマウスは確保、維持されたが、一連の対応により動物(マウス)飼育費・動物購入費が減少した。実験物品の購入額については、研究計画が軽度の遅延を認めたことに加え、実験結果そのものは想定されたデータが順調に得られたため、試薬の使用が想定以上に抑制され、購入数および必要額が減少した。旅費については、研究代表者が勤務する大学組織(臨床・研究)のコロナ感染対策上の自主規制のため、学会への現地参加などが困難となったことから、実際に支出されることが無かった。又、学会参加費用については研究費節約のため自費で支弁した。これらの理由に伴う使用額の低下に加え、学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金以外の競争的資金が得られたことから、次年度使用額が生じた。今後の使用計画として、2022年度については「研究調書にて当初申請した内容での研究遂行」を計画している。また、新型コロナ感染症による影響が不確定ではあるが学会発表も検討している。これらの事情から、2021年度の使用予定額について、2022年度に繰り越しのうえで研究を遂行する予定であり、記載の次年度使用額が生じるものである。
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