研究課題/領域番号 |
21K07634
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
松本 謙一郎 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 放射線医学研究所 放射線規制科学研究部, グループリーダー (10297046)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 重粒子線 / 高濃度過酸化水素クラスター / 間接効果 / 酸化傷害 / 炭素線 / X線 / 酸素非依存的過酸化水素生成 / 酸素 |
研究実績の概要 |
本研究では、X線および炭素線が水中に生じる高濃度過酸化水素(H2O2)クラスターの状態の詳細を調べるとともに、その反応性について検討し、生物影響への関与を検証する。放射線の生物影響は主に、水の放射線分解により生じる活性種により生じる(間接効果)と考えられ、その主要因は、水由来の活性種の中でも特に酸化反応性の高いヒドロキシルラジカル(・OH)と考えられてきた。一方、比較的反応性の低いH2O2は、これまであまり重要視されていなかった。しかしながら、極めて密な・OHの生成に伴って高濃度のH2O2がクラスター状に生成することが確認され、その反応性が憂慮される。濃度の高いH2O2は酸化力も高く、そのような状態が細胞内に生成した場合には、その周囲の物質への酸化的障害の引き金となる可能性が高い。しかもこの状態は、拡散して濃度が薄まるか、あるいは集団として何かと反応してしまうかするまで、比較的長時間、存在すると予想できる。そのため、この高濃度H2O2クラスターが放射線生物影響の要因となっている可能性がある。 2021年度は、炭素線が大気下および低酸素条件下で水中に生じる過酸化水素クラスターの状態について調べた。 2022年度は、H2O2が濃度に依存してDNA切断活性を示すこと、および低酸素条件でそれが増強されることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度は、炭素線が大気下および低酸素条件下で水中に生じる過酸化水素クラスターの状態について調べ、高濃度過酸化水素クラスターの生成状態が概ね分かった。X線の場合は大気条件下でのH2O2クラスター間距離は40~50 nmと評価されたが、炭素線の場合はこれよりも短く、18~20 nmという評価結果が得られた。低酸素条件下では、X線の場合も炭素線の場合もH2O2クラスター間距離は同程度で、80~100 nmと評価された。溶存酸素がH2O2クラスターの生成状態を変化させることが分かったが、その詳細を判断するには更なる検討が必要であった。また炭素線のLETが増大するに伴い、高濃度過酸化水素による安定ニトロキシルラジカルの還元反応が減少することが分かったが、酸素非依存的なH2O2の生成量はLETの増大とともに増加するため、LET増大とともにクラスターの数が減少するものと考えられた。 2022年度は、H2O2が濃度に依存してDNA切断活性を示すこと、および低酸素条件でそれが増強されることを明らかにした。大気条件下ではH2O2は、10 mM以上の濃度でDNA切断活性を示したが、低酸素条件下では1 mMのH2O2でもDNA切断活性が見られた。また各濃度のH2O2のDNA切断活性は大気条件よりも低酸素条件で増加した。X線および炭素線による線量当たりのDNA切断量は、LETの増加とともに減少したが、カウント(あるいは照射時間)当たりの切断量に直すと80 keV/μm辺りのLETで最大となった。またX線および炭素線によるDNA切断量も低酸素条件で増加しており、高濃度H2O2クラスターの関与が予想できる知見を得た。
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今後の研究の推進方策 |
高濃度過酸化水素クラスター間距離の評価結果について再現性を確かめるとともに、その解釈について吟味する。抗酸化物質、あるいは抗酸化酵素の共存下で同様の実験を行い、これらが高濃度H2O2クラスターの生成間隔あるいは量に影響を及ぼすか否かを調べる。放射線によるDNA切断とH2O2のDNA切断の制御の結果から、反応の共通点を探る。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度は新型コロナウイルス禍において、予め割り振られた共同利用機器のマシンタイムでの実験、および論文化を念頭に置いた必要不可欠な実験を優先し、測定主義のブラッシュアップや試行錯誤的な実験の実施数が大幅に減った。また学会での成果発表のために予定していた国内外の出張の一部が制限された。そのため、予算の大半を2023年度へ繰り越すこととなった。2023年度は、予備実験および確認実験の実施頻度を増し、今後予定している実験計画の吟味と、既に得られている結果の検証を充分に行う。また最終年度であり、これまでの成果をまとめて積極的に成果発表を行う予定である。これらにより、繰り越した分も含め予算は適切に使われる予定である。
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