研究課題
ウイルスによる気道感染症の多くは自然経過で治癒するが、まれに重症化し呼吸不全に至る。本研究では、重症ウイルス性肺炎の病態を「ウイルス感染と肺の微生物叢」および「ウイルスに対する過剰な免疫応答」の2点に着目して解析を進めている。近年の次世代シーケンス(NGS)による解析の結果、従来無菌と考えられていた肺などの下気道にも微生物叢が形成されていることが明らかになったが、呼吸器疾患の重症化との関係については未解明な部分が多い。本研究では、下気道の微生物叢と呼吸不全との関連を検討する目的で、主に間質性肺疾患患者の感染に伴う急性増悪症例から採取された気管支肺胞洗浄液をNGSで網羅的な病原体ゲノム解析を行った。その結果、急性増悪による呼吸不全患者では、対照(サルコイドーシス)と比較し細菌由来のリードが少なく、細菌叢の組成も有意に異なることが観察された。細菌叢の変化が、呼吸不全の進展にどのように関与しているかについては、今後の検討課題である。一方で、感染症の重症化には、宿主の過剰な免疫応答が重要な役割を果たしている。重症感染症患者から採取された末梢血単核球を用いてシングルセルシーケンスを行い、各免疫細胞分画の遺伝子発現を解析する系の構築に取り組んでいる。小児の重症EBウイルス感染症患者の末梢血単核球を解析し、シングルセル遺伝子解析用のライブラリーを作成し、NGSにより約5000細胞の判読を行った。各細胞分画に特異的な遺伝子を基に分類し、それぞれにおける遺伝子発現パターンを比較した。さらに、EBウイルス感染細胞の遺伝子発現パターンの特徴を明らかにした。これらの結果から、感染症患者の末梢血単核球を用いたシングルセルシーケンス解析は、各細胞分画の応答を解析するうえで有用な手法であることが確認された。今後は、症例を増やすとともに、気管支肺胞洗浄液の検体の解析も予定している。
2: おおむね順調に進展している
1.肺炎における肺の微生物叢と重症度との関係ウイルス感染を契機とした間質性肺疾患の急性増悪の患者から採取された気管支肺胞洗浄液(BALF)検体からRNAを抽出し、NGSのためのライブラリーを作成した。対照として呼吸障害を呈していないサルコイドーシスや、安定期の間質性肺疾患のBALF検体を用いた。ライブラリーをNGSで1000万リードを目標に判読し、メタゲノム用パイプラインで解析した。各検体における微生物叢を呼吸不全群/安定期群/サルコイドーシス群とで比較した。ウイルス感染等に伴う間質性肺炎の急性呼吸不全患者5例、間質性肺疾患の安定期12例、サルコイドーシス13例から採取されたBALFの解析を行った。各病態別に細菌叢の多様度を検討した。α多様度では、3群間に有意な差は認めなかったが、病原微生物構造の類似性を評価するβ多様度では、呼吸不全患者群とサルコイドーシス群との間で有意に異なっていた。呼吸不全群では肺の常在菌と考えらえるPrevotellaやVeilonellaの菌量が低下していることが、多様度が異なる原因と考えらえた。間質性肺疾患の急性増悪に伴う炎症により肺の微生物叢が変化することが、呼吸不全の病態に関与していることが示唆された。2.シングルセル遺伝子発現解析による宿主の重症化因子の解明重症EBV感染症患者の急性期および回復期に採取された血液より末梢血単核球(PBMC)を分離し、約5,000個の細胞からライブラリー調整した。ライブラリーをNGSで判読し、各種パイプラインを用いて解析を行った。各細胞集団にクラスタリングし、その結果を重症EBV感染症の急性期と回復期で比較したところ、マクロファージ分画でインターフェロン関連遺伝子など多くの遺伝子発現の変化が観察された。PBMCをシングルセルシーケンスで解析する系をほぼ確立することができ、引き続き症例を蓄積していく。
1.肺炎における肺の微生物叢と重症度との関係これでまでの本研究では、主に成人の呼吸不全患者から採取されたBALFを用いてNGSによる網羅的な微生物解析を行い、重症呼吸不全患者では対照と比較して微生物叢の構成が大きく異なることが示された。今後は、小児の重症呼吸不全患者に解析対象を拡大し、感染症の重症化との関係を明らかにしていきたい。さらに、これまで用いていたshort readのNGSに加えて、long readのNGSでの解析も行い、病原体診断や微生物叢解析への有用性の比較を行う予定である。long readシーケンスは結果が迅速に得られることに加えて、一度に多くの配列結果が得られることから、微生物の同定や菌叢解析に有用な手法であることが期待されている。また、特にlong readシーケンスは病原微生物の新規同定法として臨床応用が期待されており、臨床検体における検出感度や特異度などの基礎的データの蓄積も合わせて行う予定である。2.シングルセル遺伝子発現解析による宿主の重症化因子の解明これまでの研究結果から、感染症患者から採取された末梢血単核球をシングルセルシーケンス解析することで、各免疫細胞分画やウイルス感染細胞の遺伝子発現パターンを詳細に解析できることが示された。今後は、小児重症ウイルス感染症患者から採取された末梢血単核球でシングルセル遺伝子解析を行い、重症化に関与している免疫系細胞集団や活性化しているシグナル伝達経路の同定を試みる。さらに、BALFも同時に解析できた症例では、BALF中に含まれている細胞を用いてシングルセルシーケンスを行う予定である。末梢血単核球との結果や、病原微生物、微生物叢との統合的な解析を行うことで、呼吸器感染症の重症化に関わる機序を明らかにしたい。
シングルセルシーケンスを行う臨床検体が当初の予定よりも少なかったため、当初の見込みよりも研究費の使用額が少なくなった。既にシングルセルシーケンスの検体は蓄積されているため、次年度に繰り越して使用する予定である。
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すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 6件、 オープンアクセス 6件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 1件)
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