研究課題
ウイルスによる気道感染症の多くは自然経過で治癒するが、まれに重症化し呼吸不全に至る。本研究では、重症ウイルス性肺炎の病態を「ウイルス感染と肺の微生物叢」および「ウイルスに対する過剰な免疫応答」の2点に着目して解析を進めている。近年の次世代シーケンス(NGS)による解析の結果、従来無菌と考えられていた肺などの下気道にも微生物叢が形成されていることが明らかになったが、呼吸器疾患の重症化との関係については未解明な部分が多い。2022年度は、下気道の微生物叢を解析する手法として、ロングリードシーケンスであるナノポアシーケンスの有用性の検証を主に行った。7症例の気管支肺胞洗浄液を解析したところ、NGSの主流であるショートリードシーケンスと比較して、ナノポアシーケンスでも同程度の検出感度でウイルスや細菌を検出できることが確認された。さらに、ショートリードシーケンスと比較してウイルスのカバレッジが広く、検出された微生物の全ゲノム解析にも有用であることが示された。一方で、感染症の重症化には、宿主の過剰な免疫応答が重要な役割を果たしている。重症感染症患者から採取された末梢血単核球を用いてシングルセルシーケンスを行い、各免疫細胞分画の遺伝子発現を解析する系の構築に取り組んでいる。小児のEBウイルス感染症患者の末梢血単核球からシングルセル遺伝子解析用のライブラリーを作成し、NGSにより約5000細胞の判読を行った。各細胞分画に特異的な遺伝子を基に分類し、それぞれにおける遺伝子発現パターンを比較した。また、EBV感染症の典型例である伝染性単核症と、重症病態である血球貪食性リンパ組織球症とを比較した結果、それぞれの疾患において特徴的な細胞群を同定した。これらの結果から、シングルセルシーケンスは、重症感染症の病態解析に有用であることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
1.ロングリードシーケンスによる肺の微生物叢の検討肺の微生物叢の解析におけるナノポアシーケンスの有用性を検証した。重症呼吸不全患者7例の気管支肺胞洗浄液をナノポアシーケンスで解析し、結果をショートリードシーケンスであるイルミナシーケンスと比較した。イルミナシーケンスで検出されていたRSウイルス、エンテロウイルスなどは、ナノポアシーケンスでも検出可能であり、総リード数に占める微生物由来のリードの割合も同程度であった。一方で、各微生物リードに対するカバレッジはナノポアの方が大きい傾向にあった。新規の気管支肺胞洗浄液24検体を解析した結果、10検体から有意な病原微生物が検出され、微生物叢が解析可能であった。これらの結果より、ナノポアシーケンスは肺の微生物叢解析に応用可能であることが示唆された。ナノポアシーケンスにより、各病原微生物の全ゲノムシーケンスが容易となり、分子疫学や病原性の解析にも応用可能であることが期待される。2.シングルセル遺伝子発現解析による宿主の重症化因子の解明EBV感染症患者より末梢血単核球を分離し、約5,000個の細胞からライブラリー調整した。ライブラリーをNGSで判読し、解析を行った。各細胞集団にクラスタリングし、その結果をEBV感染症の急性期と回復期で比較した。さらにEBV感染症の典型例である伝染性単核症(EBV-IM)とEBV関連血球貪食性リンパ組織球症(EBV-HLH)との比較も行った。その結果、各疾患におけるT細胞分画や単球分画での遺伝子発現パターンを比較することが可能であり、インタフェロンシグナルに関連した遺伝子群の高発現などを確認した。さらに、EBV-IMとEBV-HLHでは、異なる細胞分画が炎症の主体であることが示唆された。これらの結果から、シングルセルシーケンスは、重症感染症の病態解析に有用な手法であることが確認できた。
1.肺炎における肺の微生物叢と重症度との関係これでまでの本研究では、主に成人の呼吸不全患者から採取された気管支肺胞洗浄液を用いてNGSによる網羅的な微生物解析を行い、重症呼吸不全患者では対照と比較して微生物叢の構成が大きく異なることが示された。今後は、小児の重症呼吸不全患者に解析対象を拡大し、感染症の重症化との関係を明らかにしていきたい。また、ロングリードシーケンスであるナノポアシーケンスも、微生物叢解析に有用な手法であることが確認された。ナノポアシーケンスは、微生物の全ゲノムの解析にも適しており、今後は、主にナノポアシーケンスを用いた微生物叢の解析を進めていきたい。また、ナノポアシーケンスは微生物叢の解析に加えて、宿主のトランスクリプトーム解析にも応用可能であり、重症病態との関連を引き続き検討していく予定である。2.シングルセル遺伝子発現解析による宿主の重症化因子の解明これまでの研究結果から、感染症患者から採取された末梢血単核球をシングルセルシーケンス解析することで、各免疫細胞分画やウイルス感染細胞の遺伝子発現パターンを詳細に解析できることが示された。また、同一のウイルスによる疾患であっても、重症例では非重症例と比べて炎症の中心となる細胞集団や、遺伝子発現パターンが異なることが確認された。今後も症例を蓄積していくことで、重症化に関与している免疫系細胞集団や活性化しているシグナル伝達経路の同定を試みる。さらに、気管支肺胞洗浄液と末梢血を同時に採取できた症例では、気管支肺胞洗浄液中に含まれている細胞を用いてシングルセルシーケンスを行う予定である。末梢血単核球との結果や、病原微生物、微生物叢との統合的な解析を行うことで、呼吸器感染症の重症化に関わる機序を明らかにしたい。
物流の停滞により、試薬の購入が計画通りに進まなかったため次年度への繰り越しが生じた。次年度分と合わせて、実験に必要な試薬等に充てる予定である。
すべて 2022
すべて 雑誌論文 (7件) (うち査読あり 7件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 1件)
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