研究課題/領域番号 |
21K07870
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研究機関 | 自治医科大学 |
研究代表者 |
阿部 朋行 自治医科大学, 医学部, 講師 (20610364)
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研究分担者 |
遠藤 仁司 自治医科大学, 医学部, 教授 (50221817)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 疾患iPS細胞 / ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症 / X染色体再活性化 / 大脳オルガノイド / ニューロン |
研究実績の概要 |
疾患iPS細胞は、希少・難治性疾患の病態解析や新薬/根治療法を開発するための極めて強力なプラットホームである。ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)欠損症は、エネルギー産生障害を軸とした先天性代謝異常をきたす希少指定難病であり、Leigh脳症の原因の1つである。本症は脳筋症状を示し、軽症例の一部を除いて有効な治療法がない。そこで本研究では、およそ30年前に集めたPDHC欠損症患者由来の凍結保存細胞からiPS細胞を樹立する。当該iPS細胞をエネルギー要求性の高い系統へ分化させることで、病態を再現し、PDHC欠損症に対する薬剤の体外スクリーニング・生体内評価システムを開発する。 女児のPDHC患者2名に由来する線維芽細胞またはリンパ球からそれぞれiPS細胞を作製した。いずれのiPS細胞も、変異型PDHA1遺伝子は発現せずに正常型のみを発現していた。PDHA1遺伝子はX染色体上に位置しており、これらのiPS細胞は変異型アリルを発現するX染色体が不活化されていることが原因と考えられた。これに対し、未分化状態のままX染色体を再活性化させることで、変異型PDHA1遺伝子を発現するiPS細胞を獲得した。次に、男児由来iPS細胞の獲得にも成功した。男児の場合、X染色体を再活性化させずに変異型PDHA1遺伝子を発現する。一方で、線維芽細胞に核型異常が見つかり、この線維芽細胞に由来するiPS細胞でも核型異常があることが明らかとなった。しかしながら、リンパ球を用いることで核型異常のないiPS細胞を作製できることも明らかになった。今後、これらのiPS細胞を用いて、ニューロン分化や大脳オルガノイドの作製を試行し、神経細胞の分化異常やエネルギー代謝異常を解析していく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画書に記載したマイルストーンどおり、長期保存していた患者由来線維芽細胞またはリンパ球からiPS細胞の樹立に成功した。女児由来細胞から樹立したiPS細胞においては、変異型PDHA1遺伝子が不活化していたが、X染色体の再活性化処理を行うことで、変異型・正常型両方のPDHA1遺伝子を発現するiPS細胞を作製することに成功した。また、男児由来細胞からもiPS細胞を樹立できた。男児由来iPS細胞については、通常の未分化状態で変異型PDHA1遺伝子を発現しているため、X染色体の再活性化処理の必要がない。現状では、男児由来iPS細胞を中心に、神経系への分化誘導を試みている。 一方で、患者由来線維芽細胞に核型異常が起きており、線維芽細胞由来iPS細胞においても核型異常があることが明らかとなった。線維芽細胞はSV40LT遺伝子導入によって不死化しているが、SV40LTは染色体の不安定化によって不死化状態を誘導すると考えられる。EBウイルス感染によって不死化しているリンパ球については、リンパ球由来iPS細胞において核型異常は見られなかった。核型異常があったとしても未分化状態の維持に影響がなければ、線維芽細胞由来iPS細胞でも並行して神経系の分化誘導を試行する。iPS細胞の樹立は、患者リンパ球を優先して実施していく。
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今後の研究の推進方策 |
作製したiPS細胞を二次元で神経細胞に、三次元で大脳オルガノイドに分化させる。胚葉体を介して自発的に神経分化させたiPS細胞では、神経突起の形成異常を疑われる所見が観察された。しかし現状で、このPDHC患者由来iPS細胞に核型異常が認められており、神経突起の形成異常が本症に起因するものかどうか明確ではない。核型異常は、SV40LTで不死化した線維芽細胞およびこれに由来するiPS細胞において認められる一方で、EBウイルス感染によって不死化したB細胞に由来するiPS細胞では認められていない。そこで、核型異常のないiPS細胞を樹立し、複数の株を用いて神経突起の形成異常を精査する。また、健常人iPS細胞を用いて確立した大脳オルガノイド実験系をPDHC患者由来iPS細胞で実施し、二次元分化誘導系と並行して病態の再現を試みる。 当初、動物体内での病態再現を予定していたが、移植細胞とする神経細胞への分化誘導が想定以上に難しかった。そのため、大脳オルガノイド実験系を取り入れた。大脳オルガノイドは、発生学的な異常を形態的に認識できる手法であり、神経細胞分化において、どのステージで異常がみられるのかを理解するのに役立つと期待できる。また大脳オルガノイドは疾患iPS細胞による病態再現の手法として新しく、研究のインパクト向上にもつながると期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度の繰越額と合わせて、今年度はほぼ満額を計画通り執行した。端数やキャンペーン値引きから細かい残額が発生したが、無理に調整して使い切ることはせず、繰り越した。大きな残額ではないため、次年度の計画に使用することで満額執行する予定である。
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