血管平滑筋細胞(VSMC)は、活性酸素種(ROS)をセカンドメッセンジャーとして利用することで遊走の強度と方向性を調節し、血管傷害後の修復に寄与する。一方で、レドックスバランス破綻による酸化ストレスは、VSMCの機能障害を引き起こし、動脈硬化の発症と進展の原因となる。サルフェンイオウを含有する活性イオウ分子は、その高い求核性から強い抗酸化作用を有し、生体の恒常性維持に貢献していることが示唆されている。以上のことから本課題では、血小板由来増殖因子(PDGF)によるVSMC遊走における活性イオウ分子の役割の解明を目標とした。 前年度までの検討により、細胞内サルフェンイオウドナー(donor 5aおよびNa2S4)がPDGFによるVSMCの遊走を有意に抑制し、VSMC遊走の増強に関与する細胞内のROSをNADPHオキシダーゼの構成分子Rac1の活性化を抑制することなく、減少させることを明らかにした。さらに、サルフェンイオウドナーが、PDGFのシグナル伝達因子の一つであるAktの活性化を抑制することを明らかにした。 最終年度は、細胞骨格リモデリングにおける活性イオウ分子の役割についての解明を行った。その結果、サルフェンイオウドナーがVSMC遊走に必須である細胞接着斑形成に関与するビンキュリンとパキシリンのリーディングエッジへの移行を抑制することを明らかにした。さらに活性イオウ分子合成酵素の中でもcystathionine-γ-lyaseがPDGFにより発現誘導されることを見出した。 以上の結果から、活性イオウ分子は、PDGFにより生成したROSの消去機能を介して、下流のシグナル伝達と細胞接着斑の形成を抑制し、VSMCの遊走を制御することが示唆された。本研究により、活性イオウ分子が血管傷害後の内膜肥厚と動脈硬化に対する治療ターゲットとなる可能性が示された。
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