研究課題
生体内で癌細胞が血液細胞と接触する際に癌細胞が血液細胞の細胞膜の一部をかじりとることにより、血液細胞から癌細胞への膜分子の移行(トロゴサイトーシス)が起き、癌細胞が血液細胞の持つ性質を獲得、癌の進展に影響を与えるのではないかという仮説のもと実験を行った。今回、胃癌細胞を末梢血単核球(PBMC)と共培養すると、インテグリンという接着分子の一種である、CD11aが胃癌細胞において発現するようになることが判明した。この分子は、通常癌細胞に発現しておらず、主に血液細胞に発現する分子である。そして、この分子は血液細胞が血管内皮に発現しているICAM1に接着して、血管外へと遊出し、組織へと移行するときに利用される。このことから、癌細胞に発現した場合、癌の転移能が亢進する可能性が示唆される。癌細胞におけるCD11aの発現は、末梢血単核球の中でも、Tリンパ球との共培養において特に亢進するが、T細胞をCD3抗体、IL-2を用いて活性化すると、癌細胞におけるCD11aの発現がさらに亢進した。これまで血液細胞から癌細胞への膜分子の移行(トロゴサイトーシス)についてはほとんど研究されておらず、今回の結果はこの点で新たな知見であるが、これに加え、これまでがんの進展を抑制すると考えられてきた活性化リンパ球が、がん細胞におけるCD11aの発現を亢進させ、がんの転移に利用されているのではないかという、新たな癌の転移メカニズムが存在する可能性を示唆する結果である。
2: おおむね順調に進展している
2021年度の実験結果おいて、胃癌細胞(AZ521, NUGC, OCUM)と末梢血単核球(PBMC)を共培養すると、通常癌に発現していないCD11aが胃癌細胞に発現するようになる現象を認めた。PBMCにはT細胞、B細胞、単球、NK細胞など複数種の細胞が含まれるが、このうちどの細胞がこの現象に関与するか調査するため、磁気ビーズに結合したCD3抗体を用いて磁気分離法にてPBMCをCD3陽性細胞(T細胞)とCD3陰性細胞に分離し、それぞれ癌細胞と共培養を行った。すると、CD3陽性細胞と共培養した時に胃癌細胞におけるCD11aの発現が著明に亢進したことから、PBMC中のT細胞がCD11a発現の亢進に関与していると考えられた。続いて、PBMCをCD3コートしたwellの中で培養し、IL-2刺激によりT細胞を増殖、活性化させたのち、この活性化T細胞と胃癌細胞を共培養したところ、CD3抗体を用いて磁気分離したT細胞よりもさらに、癌細胞におけるCD11aの発現が亢進した。このことから、T細胞の中でも、特に活性化T細胞が、胃癌細胞におけるCD11aの発現の亢進に関与することが判明した。CD11aはその特異的なリガンドがICAM1であり、これに接着する機能を持つことから、HF555という蛍光色素を用いてリコンビナントICAM1を標識し、活性化T細胞と共培養した胃癌細胞が単独培養の胃癌細胞と比較して、ICAM1へ接着しやすくなるか、現在検討中である。
活性化T細胞と共培養した胃癌細胞が、単独培養の胃癌細胞よりもICAM1への接着が亢進するようであれば、この接着能の亢進がCD11a抗体によって抑制されるか、つまりCD11aの働きによるといえるのかを調査する。また、癌細胞におけるCD11aの発現の亢進は、PBMCと共培養して1時間後においても認められるため、トロゴサイトーシスによる可能性が示唆されるが、真にトロゴサイトーシスによるものなのかを調査する。まず、活性化リンパ球の細胞膜表面のタンパクをSulfo-NHS-SS-Biotinを用いて標識ののち、癌細胞と共培養する。この後、FACS sortingを用いて、癌細胞を分離。癌細胞に移行したBiotin標識タンパクの分離、抽出を行う。そして、この活性化リンパ球から癌細胞に移行したと考えられる分子の中にCD11aが存在するか、ウエスタンブロッティングを用いて確認する。
コロナ禍のため予定より学会参加および、このために必要な旅費が少なくなったこと、実験助手に依頼する予定であった実験を実際には研究分担者が行なったというものが多くなったため、人件費、謝金が予定より少なくなったことにより、次年度使用額が生じた。これらは、2023年度に学会参加のための旅費、人件費、謝金、接着実験、ウエスタンブロッティング等の実験に必要な備品に使用していく予定である。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件)
J Hepatobiliary Pancreat Sci 29(6):600-608.
巻: 29(6) ページ: 600-608
10.1002/jhbp.1085.