研究課題/領域番号 |
21K08790
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
渡辺 和宏 東北大学, 大学病院, 助教 (30569588)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 潰瘍性大腸炎 / 家族性大腸腺腫症 / 回腸嚢炎 / 抗菌ペプチド / 胆汁酸 / 腸内細菌 / 短鎖脂肪酸 / 大腸全摘 |
研究実績の概要 |
令和3年度は症例登録および検体の採取を中心に行った。潰瘍性大腸炎または家族性大腸腺腫症の診断で大腸全摘・回腸嚢肛門(管)吻合術を施行後あるいは施行予定の症例を対象とした。潰瘍性大腸炎30例、家族性大腸腺腫症5例が登録された。採血、採便、回腸嚢粘膜生検にてサンプルを採集し、、回腸嚢内視鏡検査でPDATをもとに回腸嚢炎の有無を診断した。また、コントロールとして、抗菌剤やプロバイオティクスなどの薬物治療を行っていない健常成人10例も本研究に登録した。現時点で回腸嚢炎を認めた症例は潰瘍性大腸炎患者のみ5例である。糞便検体については、pH・Na測定を採取直後に行った。症例数がすべて登録されていない途中の段階でのデータではあるが、人工肛門の症例よりも人工肛門閉鎖後1~2年経過した症例でpHが低値の傾向を認めた。健常人、潰瘍性大腸炎の人工肛門症例、潰瘍性大腸炎の回腸嚢症例、家族性大腸腺腫症の回腸嚢症例の間で糞便pHに有意差は認めなかった。回腸嚢炎症例と非回腸嚢炎症例の比較で糞便のpHに明らかな差は認めなかった。糞便中のNa濃度に関しては、健常成人に比べ、潰瘍性大腸炎の人工肛門症例や人工肛門閉鎖術後の症例(潰瘍性大腸炎・家族性大腸腺腫症ともに)では糞便中のNa濃度が高値の傾向があった。また、人工肛門閉鎖後2年以上経過した症例は人工肛門症例より有意にNa濃度が低値となる傾向があり、術後経過で低下する傾向が示唆された。回腸嚢炎症例と非回腸嚢炎症例の比較で糞便中Na濃度に明らかな差は認めなかった。糞便中のpH、Na濃度の術後の経時的変化は、我々の予備検討での結果と一致していた。糞便中の有機酸の増加が、術後の糞便pHの低下、Na濃度の低下に影響していると我々は予想しており、今後、有機酸の測定を行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、潰瘍性大腸炎または家族性大腸腺腫症の大腸全摘・回腸嚢肛門(管)吻合術を施行または施行予定の症例を対象としている。経時的な検体採取ができる症例に対しては、ストーマ閉鎖術直前、1か月後、以後3ヶ月毎に2年間、検体を採取する予定である。既にストーマ閉鎖を行っている症例については、ストーマ閉鎖術後2年以上経過した症例は単回で、2年未満の症例は3ヶ月毎に術後2年目まで採取する予定である。目標症例数としては、経時的採取をする症例としては、潰瘍性大腸炎30例、家族性大腸腺腫症5例、単回採取をする症例としては潰瘍性大腸炎40例、家族性大腸腺腫症10例としている。令和3年度は、潰瘍性大腸炎30例、家族性大腸腺腫症5例が登録されており、概ね順調に登録されたと考えいる。コントロールとなる抗菌剤やプロバイオティクスなどの薬物治療を行っていない成人健常人の目標登録数は20例であるが、令和3年度は10例が登録されており、概ね順調に登録できたと考えている。腸内細菌叢の解析や有機酸測定は、すべての症例登録が完了し、経時的な検体を含めすべての検体を採取した後にまとめて行う予定である。このため、令和3年度は糞便中のpH測定、Na測定を中心に解析し、当初の予測通り、間接的に有機酸の増加を示唆する結果が得られた。当科では年間約25例の潰瘍性大腸炎あるいは家族性大腸腺腫症に対する手術を施行している。当科での術後の回腸嚢炎発症率は術後2年で16%であり、本研究開始後2年間でのIPAA症例は約50例、回腸嚢炎新規発症例は約8例と予想される。以上より、計画通りの症例数での研究が可能と考えられ、概ね順調に進展していると判断している。また、今後の有機酸測定や腸内細菌叢の検討するための準備も整っており、令和4年度以降の実験もスムーズに行える環境であると判断している。
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度前半は、令和3年度と同様に、症例の登録と検体採取を中心に行っていく。令和4年度後半以降、症例登録が完了し、経時的な検体を含めすべての検体を採取した後に、腸内細菌叢の解析や有機酸測定をまとめて行う予定である。腸内細菌叢については糞便メタゲノム解析を行う予定である。糞便のDNA抽出および細菌16S ribosomal DNAシーケンスをおこなったのち、メタゲノム解析の統合解析パイプラインであるQiime2を用いて細菌叢の系統樹解析を行う予定である。また、検体中に含まれる菌種の多様性解析を行う予定である。これらの細菌叢データについては、各検体内での相対量を計算し、各群間の比較を行う予定である。また、PICRUSt2を用いた機能プロファイル予測を行う予定である。有機酸の測定については、糞便中のギ酸、酢酸、プロピオン酸、iso-酪酸、酪酸、iso-吉草酸、吉草酸、乳酸、コハク酸をhigh performance liquid chromatography(HPLC)有機酸分析システムであるProminenceを用いて測定する予定である。また、内因性抗菌タンパク・抗菌ペプチド(RELMβ、hBD-1、HD5など)の発現量を、糞便検体を用いてELISA法による定量またはWestern blotによる半定量にて測定する予定である。これらで得られたデータをもとに腸内環境の経時的変化を解析するとともに、(1)潰瘍性大腸炎と家族性大腸腺腫症での違い、(2)回腸嚢炎発症例と非発症例での違いなどについて比較検討する。少数例での予備検討において、経時的にIPAA術後の糞便pHが大きく低下することを認めており、短鎖脂肪酸の経時的な増加を推察させるデータが得られており、本研究を行うことでより詳細で網羅的な解析が可能になると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度は症例の登録及び、糞便・採血・回腸嚢粘膜の検体採取が主であり、実験自体も、糞便pH測定、Na測定などの比較的費用のかからない実験が主であった。このため、予定していたよりも実験費用がかからなかったため次年度使用額が生じることとなった。次年度の令和4年度以降は、腸内細菌叢の解析のために、糞便のDNA抽出および細菌16S ribosomal DNAシーケンス、細菌叢の系統樹解析、多様性解析、PICRUSt2を用いた機能プロファイル予測などを行う予定である。また、内因性抗菌タンパク/抗菌ペプチド(RELMβ、hBD-1、HD5など)の発現量を、糞便検体を用いてELISA法による定量またはWestern blotによる半定量にて測定するとともに、回腸嚢の生検検体からRNAを抽出しqRT-PCR法にて発現量を解析する予定である。また、糞便検体をもちいて短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、コハク酸、ギ酸、吉草酸)の定量をpH緩衝化ポストカラム電気伝導度検出法をもちいたHPLCによる定量をおこなう予定である。翌年度以降に行うこれら複数の実験は、検体数も多くなることから予定よりも多くの費用が生じる可能性がある。このため、令和3年度に生じた残金は翌年度以降の実験で使用予定である。
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