研究課題/領域番号 |
21K08971
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
河野 崇 高知大学, 教育研究部医療学系臨床医学部門, 教授 (40380076)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ミクログリア / 術後せん妄 / 認知機能 / 脳内神経炎症 |
研究実績の概要 |
脳内神経炎症は、ミクログリアから過剰なサイトカインが放出された状態で、脳内での自然免疫反応のほか、全身炎症、痛み、ストレスでも誘導される。ミクログリアは加齢により免疫反応性が亢進し、認知機能障害やうつ病の原因となるが、加齢に伴う慢性痛における役割は明らかではない。本研究では、高齢動物における慢性痛と関連する神経認知障害の共通した病態機序としての脳内神経炎症の役割を明らかとすることにより、脳内神経炎症を標的とした安全で有効な高齢者慢性痛の治療開発の可能性を検討することを目的とした。 若年および高齢雄性ラットを用いて神経障害性痛モデ (SNL)を作成した。疼痛評価は針試験 (針刺激後の痛覚過敏行動の発生頻度を指標)を適応した。高齢SNLラットは若年SNLラットと比較して、1) 神経障害性痛発症率(疼痛行動>20%)が高い、2) 疼痛の程度は若年ラットと同程度あるいはそれ以下、3) 疼痛行動の発生期間が長い、ことが明らかとなった。SNL手術2週間後の海馬炎症性サイトカイン (TNF-α、IL-1β)レベルは、高齢ラットで有意に増加した。一方、若年ラットでは有意な変化は生じなかった。高齢ラットのサイトカインレベルは、神経障害性痛発症率とは相関性があったが、痛覚過敏行動の発生頻度との相関性は低かった。血中サイトカイン濃度は、若年、高齢ラットともに有意な変化は生じなかった。 海馬BDNF濃度は高齢SNLラットでは若年SNLラットと比較して有意に低下していた。高齢ラットのBDNFレベルは、痛覚過敏行動の発生頻度との相関が高かった。しかし、血中BDNF濃度は、若年、高齢ラットともに有意な変化は生じなかった。 以上より、SNL手術により、高齢ラットでは脳内神経炎症および脳内BDNF濃度の低下が生じやすく、それぞれ慢性痛の発症および疼痛行動の発生に関与していると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
神経障害性痛および慢性痛は、高齢で問題になるにかかわらず、その病態における加齢の影響はほとんど検討されてこなかったが、当該年度の研究実績により、1) SNLモデルにより神経障害性痛(慢性痛)の加齢性変化が検討できる、2) 高齢ラットでは脳内神経炎症が生じやすく、痛みの慢性化に関与している可能性がある、3) 脳内BDNF濃度の低下は、高齢ラットの痛みの程度と関連する、4) 炎症性サイトカインおよびBDNFの変化は末梢血レベルで生じない、ことが明らかとなった。脳内神経炎症は、高齢者の認知機能障害とも関連することが知られており、慢性痛と認知機能障害との関連性にも注目される。また、認知症、 うつ病、および慢性疲労症候群の病態機序にも脳内神経炎症が関与することも報告され、高齢慢性痛における脳内神経炎症の変調機構を多面的に解析することで、加齢に関連する痛みの慢性化および随伴する神経認知異常の病態機序を解明し、新規治療法の開発につなげることができる可能性がある。一方、脳内BDNF濃度は運動と関連する。高齢者の慢性痛治療では日常の活動性を保つことが推奨されている。本研究成果はこのことを裏付ける基礎となりうる。これらの結果は研究計画よりも進んだ成果であり、最終年度に予定している高齢ラットにおける脳内神経炎症あるいは脳内BDNF濃度を指標とした安全で有効な高齢者疼痛治療の検討に繋がることが期待される。
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今後の研究の推進方策 |
末梢感作が加齢による痛みの行動変化に関与するか?: 1) 一次知覚神経の伝導速度を若年および高齢対照ラットで比較、2) SNL手術後の一次知覚神経の末梢性感作に及ぼす加齢性変化、を行う。過去の我々の報告に従い単一神経活動を記録する。ペントバルビタール麻酔下に脊髄神経を剥離し、中枢側を切断後、単一神経線維を分離する。記録する神経線維に2本の白金電極を接触させ、一方から神経刺激装置を用いてパルス刺激を与えることにより、単一神経線維 の種類 (Aδ、Aβ、C繊維) を同定する。各神経線維の伝導速度の加齢変化を測定する。次いで、SNL手術後の末梢性感作変化 (自発活動線維の増加、侵害刺激応答の亢進) を記録する。各項目の加齢変化と行動実験の結果を照合し、加齢に関連する痛み行動変化に末梢性感作が関与するかどうか検討する。 高齢ラットに対する抗脳内神経炎症効果に基づいた慢性痛治療は可能か?: 1) 高齢慢性痛ラットにおける各種鎮痛薬の鎮痛・抗脳内神経炎症効果、2) 脳内神経炎症に基づく治療介入の慢性痛・神経認知異常に及ぼす有効性を検討する。脳内神経炎症を標的とした治療法が高齢慢性痛に有効かどうかを検討する。まず、現在臨床使用されている各種鎮痛薬 (プレガバリン、抗うつ薬、オピオイドなど) が高齢慢性痛モデルラットの疼痛行動、神経認知行動、およびミクログリア活性/脳内神経炎症に及ぼす影響を検討する。次に、抗脳内炎症作用が有する薬剤および自発運動の効果についても同様に検討する。各種薬剤の投与方法は文献的に検討する。高齢ラット慢性痛行動に及ぼす各種薬剤・介入の脳内神経炎症作用を臨床使用レベルで比較検討することで結果を総括する。最終的に、高齢者の慢性痛に適した鎮痛方法 (抗脳内神経炎症作用で痛みと神経認知異常の両方に有効) を探索する。
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