研究課題
研究目的は、変形性膝関節症(OA)治療のために、吸引された自家脂肪組織をLipogems と呼ばれる脂肪組織破砕キットにより処理して関節腔内に導入し、その治療機序を明らかにすることである。2019年度より、研究代表者らは我が国で初めてOA患者にLipogemsを用いた脂肪組織の投与に関する安全性試験を実施しており、その安全性や有効性を確認した。しかし、海外で良好な治療成績が報告されているのに対して、その作用機序については現時点でも不明な点が多い。そこで、患者に投与されたLipogems処理脂肪組織の残余検体を活用して、破砕された脂肪組織からの分泌因子の網羅的解析と脂肪組織由来幹細胞のトランスクリプトーム解析を実施する。得られた定量データについて臨床での治療成績との相関を解析し、分子レベルで治療成績に貢献する因子を同定する。以上より、間葉系幹細胞によるOAの治療機序を明らかにし、治療成績の向上や脂肪組織処理法の改善を行って新規治療方法について提案していくことを目指す。今年度は3例5膝における治療を実施してきた。比較的重症な患者への投与となったが経過は順調であり、今後はより症状の軽い患者についても投与を行っていきたいと考えている。これまでの安全性試験を含めた治療成績は概ね良好であり、目立った副反応などは認められていない。また、投与用の脂肪組織から幹細胞を分離し性格づけを行っており、今後は予後との相関が見られる因子をスクリーニングしていきたいと考えている。
2: おおむね順調に進展している
研究計画調書に記載された実験計画を実施し、実験系の整備を行ってきた。安全性試験を実施したチームが、そのまま研究を実施しているために順調に症例数を増やしている。また、今後の研究課題として脂肪組織の投与形態の与える影響を検討していくために、Lipogems処理された脂肪由来の幹細胞についてスフェロイドやシート培養された際の特性の変化について検討を行い論文成果として発表してきた。この中で、Lipogemsにより得られた脂肪組織のマイクロフラグメントから培養条件下で増殖する幹細胞(表面抗原マーカーがCD13、29、44、73、90、105陽性でCD56陰性、かつ培養条件下で脂肪細胞への分化誘導が可能)の分離が実験的に可能であったことから、その治療効果は生きた脂肪組織由来幹細胞によるものと考えられる。一方で、培養液中のマイクロフラグメントからは多数のタンパク質成分が遊離することも電気泳動後のタンパク質染色にて確認されており、これらの可溶性因子が部分的あるいは幹細胞と相乗的に治療効果を発揮している可能性も否定できない。一般的な手法で培養された脂肪由来幹細胞においてはIL-10、TGFβ1をはじめとする免疫抑制性サイトカイン類と、エキソソームが分泌されているとの報告もあり、これらについてもLipogemsで破砕された脂肪組織由来幹細胞から分泌されることが明らかとなった。これらが治療後早期にしばしば観察される痛みの軽減に寄与している可能性が考えられているため、より詳細な検討を進めていく予定である。
次年度は順調に症例の収集を実施するとともに、経過の観察を継続していく予定である。患者の選択基準としては、従来と変わらず、1.変形性膝関節症と診断された30歳~60歳の患者とする。2.放射線 Kellgren LawrenceグレードII-IVの患者に実施する。3.インデックス膝の症状発症が6ヶ月以上経過した患者とする。4.研究指導、研究内容を理解できうる能力があり、書面による同意が得られる患者とする。5.保存的治療による改善が見込めない患者とする。6.脂肪吸引が可能な患者かつ7.全身麻酔が可能な患者(関節鏡を使用するため全身麻酔で実施する)を選択する。なお、Kellgren LawrenceグレードIVの患者だけでなく、より低いグレードでの患者についても検討を進めていきたい。実施日以降、診察とVAS、KOOSスコアを登録時、投与後1週間、1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月、1年に実施していく。MRI検査を投与後6ヵ月、1年に行い、関節鏡検査は投与後1年に実施する。また、診察時に関節液の採取が可能な場合、膝関節を穿刺して関節液を採取し、関節液の性状(炎症性サイトカインなど)を調べる。また、評価検体となる脂肪由来幹細胞の採取にも成功している。治療の余剰検体0.5ml分をバイオ未来工房の脂肪幹細胞分離シートに載せて2週間培養することで脂肪組織由来幹細胞を分離し、FACSにて性状を確認してきた。分離させた幹細胞は治療効果の要と考えられるので、この培養細胞より全RNAを抽出し、マイクロアレイ解析などを実施して全遺伝子の発現プロファイルを得ていく予定である。
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巻: 11(3) ページ: 337
10.3390/cells11030337