研究課題
近年、脂肪組織の破砕物や、脂肪組織中に含まれる間葉系幹細胞(脂肪由来幹細胞;ADSC)が変形性膝関節症の治療に用いられつつある。研究代表者らは、我が国で初めて変形性膝関節症患者(KneeOA)に対し、Lipogemsと呼ばれる脂肪組織破砕キットで処理した脂肪組織を投与する臨床試験を実施し、その安全性や有効性を報告してきた。海外でも、良好な治療成績を収めていることが多数報告されており、脂肪組織破砕物や脂肪由来幹細胞の投与が変形性膝関節症に対して副作用が少なく一定の治療効果があることが示されている。作用機序としては、組織中に含まれる脂肪由来幹細胞から分泌されるサイトカインやエクソソームによる抗炎症作用が知られており、本研究でもADSCを中心とした解析や投与方法の改良などを行っている。今後の研究課題として脂肪組織の投与形態の与える影響を検討していくために、Lipogems により処理された脂肪由来のADSCについて、アテロコラーゲンビーズ(AMS)上で培養された際の特性の変化について解析してきた。その結果、2次元培養ADSCと比較して、AMS培養ADSCは有意に高い長期細胞生存率を示し、エクソソームとIL-10の分泌が有意に増加し、細胞外マトリックスと免疫制御に関与する遺伝子群の発現が変化した。さらに、AMS培養ADSCを膝関節OA患者由来の関節液で培養して関節内環境を模倣すると、関節液中のコラゲナーゼがAMSを溶解し、生きたADSCを遊離させることが明らかとなった。これらの結果は、AMS付着ADSCが膝関節OAの細胞治療に有望な細胞ソースであることを示唆していると考えられる。
3: やや遅れている
2019年度より、研究代表者らは我が国で初めてOA患者にLipogemsを用いた脂肪組織の投与に関する安全性試験を実施しており、その安全性や有効性を確認したが、海外においても良好な治療成績が報告されているのに対して、その作用機序については未だに不明な点が多い。過去に安全性試験を実施したチームと遺伝子解析の専門家が、研究を実施しているために毎年度症例数を増やしている。比較的重症な患者への投与となったが経過は順調であり、今後はより症状の軽い患者についても投与を行っていきたいと考えている。これまでの安全性試験を含めた治療成績は概ね良好であり、目立った副反応などは認められていないが、さらに患者数の積み増しが必要である。また、ADSCから分泌されるさまざまな液性因子についても検討を行ってきた。一般的な手法で培養された脂肪由来幹細胞においてはIL-10、TGFβ1をはじめとする免疫抑制性サイトカイン類とエキソソームが分泌されているとの報告もあり、これらについてもLipogemsで破砕された脂肪組織由来幹細胞から分泌されることを明らかにしてきた。これらが治療後早期にしばしば観察される痛みの軽減に寄与している可能性が考えられているため、より詳細な検討を進めていく予定である。以上より、間葉系幹細胞によるOAの治療機序を明らかにし、治療成績の向上や脂肪組織処理法の改善を行って新規治療方法について提案していくことを目指す。
患者の選択基準としては、1.変形性膝関節症と診断された30歳~60歳の患者とする。2.放射線 Kellgren LawrenceグレードII-IVの患者に実施する。3.インデックス膝の症状発症が6ヶ月以上経過した患者とする。4.研究指導、研究内容を理解できうる能力があり、書面による同意が得られる患者とする。5.保存的治療による改善が見込めない患者とする。6.脂肪吸引が可能な患者かつ7.全身麻酔が可能な患者(関節鏡を使用するため全身麻酔で実施する)を選択する。実施日以降、診察とVAS、KOOSスコアを登録時、投与後1週間、1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月、1年に実施していく。MRI検査を投与後6ヵ月、1年に行い、関節鏡検査は投与後1年に実施する。また、診察時に関節液の採取が可能な場合、膝関節を穿刺して関節液を採取し、関節液の性状(炎症性サイトカインなど)を調べる。治療の余剰検体0.5ml分をバイオ未来工房の脂肪幹細胞分離シートに載せて2週間培養することで脂肪組織由来幹細胞を分離し、FACSにて性状を確認してある。分離させた幹細胞は治療効果の要と考えられるので、この培養細胞より全RNAを抽出し、RNA-seq解析を実施して全遺伝子の発現プロファイルを得ていく予定である。分泌因子の網羅的解析と脂肪組織由来幹細胞のトランスクリプトーム解析を実施し、得られた測定データについて臨床での治療成績との相関を解析し、分子レベルで治療成績に貢献する因子を同定していく。今後、さらに症例の収集を継続するとともに、経過の観察を継続していく予定である。
今年度予定よりもMFAT治療を受ける患者数が伸びず、サンプルの合計数が想定を下回ったために次年度繰越して解析を実施することとした。培養ADSCの分離や、分泌因子の解析は、すでに購入済みの消耗品にて実施する予定である。一方でADSCのトランスクリプトーム解析ついては、細胞検体数がそろってから、本科研費にて解析を実施する予定としている。
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Regenerative Therapy
巻: 27 ページ: 408-418
10.1016/j.reth.2024.04.010