糖尿病網膜症は重篤な視機能障害をきたすため、その病態の解明は眼科学における重要な課題である。我々は過去に、増殖糖尿病網膜症患者の線維血管組織において網膜グリア細胞に不飽和アルデヒドの一種であるアクロレインが結合した蛋白が蓄積していることを報告した。アクロインは反応性が高く、様々な蛋白と結合することでその機能異常を惹起するため、神経変性疾患や悪性腫瘍など多様な疾患病態で注目されている分子である。本研究では、糖尿病網膜症におけるアクロレインの炎症誘導機構について検討をおこなった。 前年度までに、アクロレインがラット培養網膜グリア細胞株TR-MUL5において、単球走化性因子(monocyte chemoattractant protein-1、MCP-1)を含む複数の炎症関連分子の発現を誘導すること、アクロレイン刺激によってTR-MUL5からの分泌が増加したMCP-1がマクロファージの遊走を促進させること、糖尿病網膜症患者の硝子体中でアクロレイン結合蛋白とMCP-1が共に有意に増加し、両者が正の相関を示すことを明らかにした。最終年度である令和5年度はアクロレインによるMCP-1の誘導の分子機序についてさらに詳細に検討を行い、アクロレインがTR-MUL5細胞においてhigh mobility group box 1 (HMGB1)の細胞内局在を変化させること、HMGB1阻害剤であるglycyrrhizinによってアクロレインによるMCP-1の発現誘導が抑制されることが明らかになった。 本研究によって、糖尿病網膜症患者の眼内で増加する不飽和アルデヒドであるアクロレインが網膜グリア細胞においてHMGB1を介してMCP-1の発現を誘導し、マクロファージの遊走を促進させることが明らかになり、糖尿病網膜症の新たな病態形成機序が示された。
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