研究実績の概要 |
ヒトアデノウイルスには初期転写単位(E)が17個あり,それぞれが1から8個のタンパク質遺伝子を含んでいる。その中でE1A, E1B, E2A, E2B, E3, E4の6つの転写単位はウイルスの増殖サイクルの初期に順次転写される。ここに存在する遺伝子から翻訳されたタンパク質は主にウイルスゲノムの複製や転写の制御と宿主の感染応答の抑制に関与することから,結膜炎を生じやすい型と咽頭結膜熱や上気道炎などそうでない型の組織特異性に関与する可能性が考えられる。これの中で,あまりこれまで解析されてこなかったE3とE4の転写単位の発現を複数の型(Ad5, Ad8, Ad54, Ad56, Ad64)について検討する研究を計画した。細胞内ゲノム増加量を増殖速度と定義し,接種後6時間と上清にウイルスが放出される直前の点の間の傾き(Δ log viral load / Δ time)として計算し,E3およびE4遺伝子の発現量を感染細胞単位で定量して比較する。さらに,E3およびE4遺伝子とそのプロモーター領域の系統学的分析をこれらのゲノム配列に型別の差異がないか,その遺伝子学的距離について,NCBIのデータベースを用いて分析し,結膜炎起炎性の差異と関連があるかどうかを評価した。その結果,発現量を経時的に検討すると,Ad54がday1で増殖が遅く,他の4型に対して有意差があった。しかし,その後は増殖速度は長くその傾向を保っており,他の型と異なる傾向が見られた。これは,E1についてわれわれが検討したのと同様の結果であり,この新型が2015年以来流行を続けている背景には,E1以外の初期転写因子についても,特異的なゆっくり始まり長く継続するということが反映されていると考えられ,疫学的報告との関連も考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
新型アデノウイルスの角結膜病変の特異性の機序に関する細胞生物学的検討 結膜炎を生じる新型アデノウイルスの主要な型である54型はわれわれの研究グループによって,感染初期の増殖速度が既存の型よりも有意に遅いことを報告したが,これに用いたのはアデノウイルスの実験系によく使用されるA549細胞だが,これはヒト肺胞基底上皮腺癌細胞に由来し,重層扁平上皮であり,重層円柱上皮である結膜上皮とは異なっている。またインターフェロン産生ノックアウトの性質があることも,新型D種型の特徴を正確に現しているか疑問があった。そこで,A549細胞に対して,CK18やCK19のような上皮細胞特異的マーカーを維持し,インターフェロン産生能を保持しているヒト不死化結膜上皮細胞(BBP10870IM)を比較対照として,複数のアデノウイルス型(Ad5, Ad8, Ad54, Ad56, Ad64)間のウイルス増殖性を検討する。実際には,ウイルス接種後,複数の時間ポイントでペレットと上清に分けてウイルスを回収しコピー数を測定し,増殖速度の計算を行った後に,感染価の測定を組織培養感染量(TCID50/ml)を各々の型で測定して,群間比較する解析である。
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