研究課題/領域番号 |
21K09753
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
羽藤 晋 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 特任講師 (70327542)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 角膜上皮 / 樹状細胞 / 神経保護 / 炎症 / 涙液 |
研究実績の概要 |
Semaphorin3a(以下Sema3a)は、神経末端の成長や炎症を制御する分子の一つである。現在、角膜の創傷治癒におけるSema3aの役割を、神経保護と炎症の観点から解明するために、ドライアイモデルマウスや炎症モデルマウスを作製し、それぞれのマウスにSema3a阻害剤を点眼することで効果の検証を行っている。 我々は、ドライアイモデルマウスとして、涙腺神経切断モデルマウスを作製し、炎症モデルマウスとして、アルカリ外傷モデルマウスや移植片対宿主病モデルマウス(以下GVHDモデルマウス)を作製した。 我々は、角膜の生理学的な病態を確認するために、角膜各層局所における観察として、生体レーザー共焦点顕微鏡による経時的観察や、免疫染色による角膜内の炎症細胞浸潤の同定等を行ってきたが、今年度はより俯瞰的に角膜全体を観察する工夫を行った。生体レーザー共焦点顕微鏡の観察時に使用するためのマウスの固定装置を独自に作製し、マウス角膜全体を撮像することに成功した。また、角膜全体のwholemount免疫染色法の最適化をおこなった。次に、この生体レーザー共焦点顕微鏡を用いた角膜全体の撮像により、GVHDモデルマウスの角膜内の炎症細胞浸潤の経時的変化と所属リンパ節の組織像観察により、GVHDにおける樹状細胞の角膜-所属リンパ節間の移動の様子を動的に確認できた。また、アルカリ外傷モデルマウスの角膜において、これまで生体レーザー共焦点顕微鏡で細胞が角膜内の神経に集簇している様子が確認されていたが、今年度はwholemount染色でも樹状細胞が集簇していることを同様に確認することができた。 実験目的に則したモデルマウスの作成方法、および角膜内の病態を測定する評価系が確立され、現在はSema3a阻害剤点眼群と対照群における炎症所見の比較検討を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
角膜の創傷治癒におけるSema3aの役割を、神経保護と炎症の観点から解明するために、アルカリ外傷モデルマウス、GVHDモデルマウス、涙腺神経切断モデルマウスを作製し、生体レーザー共焦点顕微鏡等の観察方法を最適化し、Sema3a阻害剤点眼群と対照群での比較検討を開始している。 アルカリ外傷モデルマウスでは、過剰な炎症により角膜の透明性が失われ、生体レーザー共焦点顕微鏡での観察が困難になってしまった。そこで炎症病態の解明においては、より軽度な炎症状態となるGVHDモデルマウスを使用する方針とした。 GVHDモデルマウスでは、予想に反して、Sema3a阻害剤点眼群で、GVHDによる急激な全身症状の悪化を認めた。Sema3a阻害剤が、GVHDの病態において、全身性に何らかの免疫機構に関与していることが考えられる。現在、Sema3a阻害剤の投与方法や濃度を変えて、原因の究明を行っている。 また、ドライアイモデルである涙腺神経切断モデルマウスを作製し、生理食塩水点眼群、Sema3a阻害剤点眼群、Sham群の3群で比較検討を行っている。これまでの結果、Sema3a阻害剤点眼群が、対照群に比べ、涙液量の維持や角膜上皮傷害の程度が小さい傾向であることが確認された。また、生体レーザー共焦点顕微鏡の経時的観察では、Sema3a阻害剤点眼群で、角膜内の炎症が抑制されていると考えられる所見が確認された。現在、wholemount染色により、神経密度や炎症細胞浸潤の評価を行っているところである。 同時に、Sema3a阻害剤の直接的な作用を確認するため、wholemount染色で、角膜全体において、Sema3aやSema3a阻害剤のリガンドであるNeuropilin-1とPlexinAがどのように発現しているのかを確認中である。
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今後の研究の推進方策 |
Sema3a阻害剤は、樹状細胞の遊走を抑制する作用があることが分かっている。アルカリ外傷モデルマウスの炎症反応時、生体レーザー共焦点顕微鏡で、樹状様細胞が周辺組織に集簇しているのを認めており、Sema3a阻害剤によって遊走を抑制された角膜内の樹状細胞が、周囲の神経や実質細胞に接着して移動することが考えられる。生体レーザー共焦点顕微鏡では観察に限界があるため、免疫染色の改良を行い、細胞の詳細な同定を行う予定である。 また、今年度の検討結果から、角膜の炎症時、元々角膜内に存在している樹状細胞が、角膜輪部のリンパ管を通り、頸部リンパ節に遊走され、抗原提示を行うことでエフェクターT細胞が活性化され、そのT細胞が角膜に浸潤して炎症が惹起されるというサイクル仮説が考えられる。したがって、角膜輪部のリンパ管や、頸部リンパ節内の細胞を調べることで、Sema3a阻害剤がどの段階で角膜に対して炎症制御の影響を及ぼすかを解明することができると考えている。Sema3a阻害剤によって遊走を抑制された樹状細胞は、所属リンパ節に到達することができず、二次的な炎症反応が惹起されにくいと考えられるので、所属リンパ節を免疫染色やフローサイトメトリーなどで評価する予定である。 ドライアイモデルマウスにおいては、涙液量の減少で最も差が生じた涙腺神経切断4週目において、角膜のwholemount染色や病理組織の評価を行っている。wholemountの免疫染色では、神経と炎症細胞の分布や密度について重点的に解析を行う予定である。 さらに、Sema3a阻害剤による神経伸長と角膜上皮傷害抑制および涙液量の関係について、分子生物学的な機序を明らかにし、余裕があれば培養角膜上皮細胞にSema3a阻害剤を作用させるなど、角膜上皮細胞におけるSema3aの直接的な影響も検討していく予定である。
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