研究実績の概要 |
Orexin-Aおよび-Bは睡眠覚醒サイクルや摂食などの調節に関与する神経ペプチドで, orexin-AはOX1とOX2受容体(-R),orexin-BはOX2-Rをそれぞれ選択的に刺激する。側坐核は意欲や情動に関わる中脳辺縁系dopamine (DA)神経の投射領域で,OX1とOX2-Rが発現している。本研究では,orexin-Rのligandが側坐核の細胞外DA量に及ぼす効果を指標として,OX1とOX2-Rが同部位のDA放出の制御で果たす役割について無麻酔非拘束ラットを用いたin vivo脳微小透析法により解析した。 S-D系雄性ラット(約250 g)の側坐核に留置した微小透析膜(直径220 μm, 長さ2 mm)に改良リンゲル液を2 μl/分で灌流し, 5分毎に試料として回収した細胞外液中のDAをHPLC-ECD法により定量した。灌流投与した電位依存性Na+チャネル阻害薬のTTX以外の薬物は,透析膜の近傍に配置した微小ニードルを介して局所投与した。各処置がDAに及ぼす効果は5分毎に4時間にわたり観察した。 その結果,orexin-Aまたは-Bの投与ではDA量に著変はなかった。一方, OX1とOX2-Rの拮抗薬のMK-4305はDAを用量依存的に増大させた。MK-4305が誘発したDAの増加をTTXまたはorexin-Aは抑制した。OX2-Rの拮抗薬のEMPAはDAを用量依存的に増大させた。EMPAによるDAの増加をTTXまたはorexin-Bは抑制した。Orexin-BはMK-4305によるDAの増大も打ち消した。一方, OX1-Rの拮抗薬のSB-334867の投与ではDA量に変化が認められなかった。 以上のことから,側坐核のDA放出はOX1ではなくOX2-Rにより抑制的に制御されており,同部位のOX2-Rの遮断はDA放出を促進することが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
起炎物質のcarrageenanを後肢足底に局所投与した炎症性疼痛モデルラット由来のC線維様神経細胞の興奮に対するorexin-Aの効果に関する我々の研究から,炎症がない状態とは異なり炎症下では,C線維様神経細胞の興奮をorexin-AがOX1ではなくOX2-Rを介して抑制することが示唆されている(Ishikawa et al., 2017)。炎症性疼痛モデル動物由来のC線維様神経細胞の興奮に対してorexin-Aの抑制効果が認められた理由として,慢性炎症下ではこの神経細胞に分布するOX2-Rにはorexin類の刺激の低下による感受性の亢進が起きていた可能性が推察される(Ishikawa et al., 2017)。これまでに本計画では,健常ラットの側坐核においては,内因性のorexin類がOX1ではなくOX2-Rを介してDA神経を抑制的に制御することを示すことができた(Kawashima et al., 2022)。今後は炎症性疼痛モデルラットを用いた研究を一層推進し,orexin-Rを介した側坐核のDA神経活動の制御機構へ慢性炎症が及ぼす影響について解析を進めることを計画している。
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