口腔扁平上皮癌は顎口腔領域に発生する最も頻度の高い悪性腫瘍であり、手術、放射線、化学療法などによる集学的治療が行われてきた。いずれの治療法も年々進歩しているが、治療成績の飛躍的な向上には至っていない。予後に影響を及ぼす最大の要因は頸部リンパ節転移で、特に節外進展の有無が極めて重要となる。近年、腫瘍微小環境の解明がさかんに行われており、腫瘍の増殖、浸潤、転移が免疫担当細胞、線維芽細胞、新生血管を構成する血管内皮細胞、神経細胞、破骨細胞などにより制御されていることが知られつつある。リンパ節は脂肪組織に埋没していることより、本研究では口腔扁平上皮癌頸部リンパ節転移巣微小環境における脂肪細胞の役割を明らかにすることを目的とした。解析対象は口腔扁平上皮癌組織の転移リンパ節標本において節外進展を認める症例とした。ホルマリン固定パラフィン包埋標本から薄切切片を作製し、H-E および蛍光免疫染色後に Visium 空間的キャプチャーテクノロジーを用いて空間的遺伝子発現解析を行った。その結果、Visium では、癌細胞と接している脂肪組織では見かけは同様の脂肪組織であるにも関わらず異なった遺伝子発現クラスターを認めた。さらに、脂肪分化マーカーであるアディポネクチン (ADPOQ) は HE 染色 にて口腔扁平上皮癌組織に近接している脂肪組織が認められる Clusterでの発現低下を認めた。さらに、脂肪組織に進展している口腔扁平上皮癌組織では転移への関与が示唆されているAngiopoietin-like protein 4 (ANGPTL4) の発現亢進を認めた。以上から、口腔扁平上皮癌組織と脂肪組織は接することにより相互の遺伝子発現に影響を及ぼし、脂肪細胞に対しては脱分化を誘導し、癌細胞に対しては転移能を高める可能性が示唆された。
|