高齢者歯科医療の現場における回復の見込みのない運動機能障害や認知機能障害により咀嚼障害を呈した患者に対して、どのような治療方針を立案するべきかという問題に対して、ワークショップの開催を行った。そのなかで、1)義歯製作にかかわる問題、2)歯を残すことが引き起こす問題が重要とされた。これらをもとに、仮想症例をあげて問題点の抽出を行った。ある症例では、重度認知症、高次脳機能障害により咀嚼は困難であり、疾患の特異性から改善の見込みはないと診断された症例であった。日常の口腔ケアが困難なために、う蝕が多発していた。今後のさらなる認知症の進行に伴い、う蝕の重症化が予測されるなか、歯の存在が口腔機能の維持に寄与することが期待できなくなっているがゆえに、治療方針の提示に困難を感じた例である。本ケースでは、治療方針に合わせて今後起こりうるリスクを整理することで、患者家族にいくつかの治療法を提示し、意思決定を促した症例である。2022年に我々によって開発した歯科治療リスクの評価表であるDental R-mapの簡易版を作成し、症例ごとの検討を行った。本症例では、多くの歯髄に到達する齲蝕歯が存在し、原始反射の再発現による噛みしめも始まっている。歯の破折が続発し、歯髄炎などによる疼痛を発症、さらには、対合を失った場合、歯槽や粘膜の損傷が起こる可能性が高いと考えた。その発症の確率レベルは、高く、さらに予想される危害の重大さレベルは中等度と判断した。よって、リスク容認レベルの推定は、Cの必ず対応するべきリスクがあるとした。 研究期間全体の成果として、日本老年歯科医学会雑誌に「機能改善を見込めない高齢患者のケーススタディ」と題し投稿した。
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