研究課題/領域番号 |
21K10399
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
七條 和子 長崎大学, 原爆後障害医療研究所, 客員研究員 (90136656)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 内部被ばく / 分子病理学 / マイクロドジメトリー / 放射化マンガン / 肺 / 小腸 / 幹細胞 / 原子爆弾 |
研究実績の概要 |
福島原発事故後11年を迎えた日本では、放射線の作用が、腫瘍発生・腫瘍制御に関する研究の中で社会的関心事となりその基礎的研究の重要性が増している。本研究の目的は、体内留放射能が内部被ばくとしてラットに及ぼす影響の三次元的空間分布を分子病理学的に検出し、組織細胞のマイクロドジメトリ(微視的放射線量分布)との関連を検討すること(Patho-マイクロドジメトリ)にある。私達は、長崎原子爆弾の核燃料である239Pu由来のアルファ粒子飛跡を近距離被爆者の病理標本上に確認し、内部被ばくの科学的証拠を初めて示した。現在の評価法では、被爆者の最も高い骨髄組織吸収線量は0.560 mGy/y, 生存期間68日における累積線量は0.104 mGyとごく僅かで人体に影響する値ではないと考えられたが、α粒子飛跡周辺細胞では、粒子が細胞核を通過する際の局所的線量は高線量(血管 皮細胞で3.89Gy、肝実質細胞で1.29Gy)と算出された。広島原爆からの中性子線で放射化された物質のうち内部被ばくで主要なものとして放射性Mn-56 が特定されている。放射化された土中の MnO2 微粒子が大気中に多量に舞い、これを吸い込むことで早期入市者に 内部被ばくが引き起こされたと考えられる。日本では放射線管理上の理由で実験が困難なためカザフスタン国立核研究センターの IVG.1M 原子炉で照射を行い、得られた放射性 MnO2 をラットに暴露する実験を行った。組織内に沈着するMnO2粒子近傍のβ線吸収線量を指標として肺,小腸について遺伝子不安定性分子病理マーカーの探索を行った結果、肺では放射性微粒子周辺細胞における局所的な超高線量による初期事象の肺幹細胞損傷が重大病因に繋がる可能性を見出し論文発表した。既に、幹細胞の存在が実証されている小腸では幹細胞損傷と局所積算線量との関連性について病態解明を進め論文化した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
1)セメイ医科大学(カザフスタン)と共同研究で内部被ばく線量を変えた実験(Mn-56x1, x2, x3)を行い病理標本を採取した。既存のラット内部被ばく病理標本の画像データーベースを作り解析した。MnO2を放射化して得たMn-56微粒子を曝露した各臓器の内部被ばくによる被曝吸収線量推定値は、全身0.14Gy、小腸1.48Gy、肺0.11Gy、他の臓器ではそれ以下だった。肺では気腫、出血、炎症が6時間から180日後まで続き、高度の炎症細胞浸潤と肺炎、無気肺、肉芽腫、高度の出血など重篤な所見が認められた。60Co-2Gy外部照射群では認められなかった。線維化について弾性性線維(エラスチン)と膠原線維(コラーゲン)を染色し陽性領域の割合を解析した結果、 内部被ばく群でエラスチンの異常沈着を認め論文review発表した。 2)Patho-マイクロドジメトリー;遺伝子不安定性マーカーとして、2種のマーカー;H&E染色による細胞核異型、TUNEL法によるDNA障害アポトーシス細胞を観察した。分子病理学的定量解析の結果Mn-56 部被ばく群では、肺および小腸の幹細胞ににアポトーシス陽性細胞が見られ論文発表した。 3)56MnO2 沈着肺病理標本のSR-XRF-XANES解析(放射蛍光X線分析法とX線吸収微細構造; 照射X線の内電子励起による吸収による元素分析)を行い、Fe元素と共存するMn2+を肺標本上に同定した。周辺組織部位は病理学的に血痰と壊死組織だった。放射性Mn56微粒子の吸収線量は主にβ線によるもので、微粒子 5μmで粒子表面線量が 8.05Gy、10μmで15.5Gyと算出された。 以上の結果を加えてreview論文を作成し発表公開した。 4)小腸標本で幹細胞にアポトーシス陽性異常細胞とMn2+の同定結果が得られたので、論文投稿し受理された。
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今後の研究の推進方策 |
肺、小腸について検討した結果をまとめて、内部被ばく群での病態の増悪化の機序を考察し論文発表したので、更に、脳、睾丸などの他臓器についても同様に検討する。遺伝子不安定性と幹細胞損傷について局所積算線量を指標とした検討も含めて内部被ばくの分子病態解明を行う。目に見えない放射線が、内部被ばくでは局所的高線量であるため、最初に幹細胞の損傷を引き起こし、長い年月をかけて生体に及ぼす重大病因にどう繋がっていくのか解明を進めていく必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の動機となったMnO2微粒子の大きさで被ばく線量が異なることに着目した実験系;微粒子径を従来の 5μm に加えて10μm のMn-56 ballを用いた実験などについては、海外共同研究者を通じた実験計画への参画が必要であった。カザフスタン「XVIIII Radiation, Health」会議での発表と出張を外国旅費で、第66回日本放射線影響学会(東京)発表を国内旅費で、昨年同様予定していたが、新型コロナウイルスの影響により、今年度取りやめた。また、論文校閲費および論文投稿費を予定していたが、今年度は、データー解析および論文作成中で完成出来なかった論文があり次年度使用額が生じた。次年度は、特に、論文校閲費および論文投稿費に使用して論文を完成させ公表する。
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