研究課題
薬剤耐性菌や新たな感染症原因菌の出現は世界的な脅威であり、有効な対策が求められているが、近年、有用な特徴をもった抗菌物質が天然物からほとんど見つかっていない。特に、現在臨床の現場で使用されている、グラム陰性菌に有効な抗菌物質は、副作用が大きいことや耐性菌増加の問題が報告されており、早急に新しい抗菌物質の発見が求められている。そのため、新規抗菌物質生産菌を単離するために様々な方法が世界中で試されており、それらを大きく2つのアプローチに分けると一つは単離源の工夫で、もう一つは単離方法の工夫である。本研究ではこれまでに単離源として昆虫や植物を用い、単離方法では様々な培養条件(培地成分、固化材、培養温度、pH、培養時間など)を組み合わせて単離を試みた。その結果、グラム陰性菌に特異的に殺菌効果を示す物質生産菌が単離できた。また、池の水から単離して-80℃保存していた研究室ライブラリーストックからも数株取得できた。得られた菌株を16S rRNA遺伝子配列に基づいて同定した結果、全てグラム陰性菌であり、そのうち数株は近縁種と低い相同性を示したことから新種である可能性が示された。しかしながら、抗菌活性を示す物質は65℃の熱処理やプロテイナーゼK処理などで活性の消失や著しい低下が確認され、分画分子量は1株を除いて全て10Kよりも大きいことが明らかとなった。今後は抗菌物質の特定や構造決定を進めると共に、目的とする抗菌物質生産菌株の新たな単離を継続して実施する予定である。
3: やや遅れている
採取した昆虫や植物などは必要に応じて90% エタノールで表面を殺菌後、滅菌乳鉢と乳棒で破砕し、滅菌生理食塩水に懸濁し適宜段階希釈した。寒天またはゲランガムで固化した培地(主にMHまたはLB培地)を使用し、様々な培養温度(25℃,30℃,37℃,50℃,70℃)と組み合わせた複数の条件で混釈培養した後、緑膿菌か大腸菌を用いたspot-on-lawn assayにより抗菌物質生産菌の単離を試みた。結果、グラム陰性菌に特異的な抗菌活性を示す物質生産菌が昆虫から2菌株、それ以外の試料から3菌株単離できた。奈良市の池から1年間1ヶ月毎に採取した水を適宜希釈し、LB培地25℃で培養後、形態的に異なる菌を単離後-80℃保存された計1,008菌株を抗菌活性評価に使用した。グラム陰性菌の緑膿菌に特異的な活性を示す抗菌物質生産菌株はなかったが、大腸菌に対しては1,008菌株のうち8菌株が特異的な抗菌活性を示した。これまでに取得した抗菌物質生産菌株を16S rRNA遺伝子配列に基づいて同定した結果、全てグラム陰性菌であり、そのうち5株は近縁の菌株と98.7%未満の相同性を示したことから新種である可能性が示された。しかしながら、抗菌活性を示す物質は65℃の熱処理やプロテイナーゼK処理、有機溶媒耐性試験などで活性の消失や著しい低下が確認され、分画分子量は1株を除いて全て10Kよりも大きいことなどから抗菌タンパク質である可能性が高い。
現時点で取得しているグラム陰性菌に特異的な抗菌活性を示す物質生産菌は全て、グラム陽性菌の枯草菌と黄色ブドウ球菌、グラム陰性菌の緑膿菌には活性を示さず、グラム陰性菌の大腸菌に活性を示す。次年度はさらに他のグラム陽性菌とグラム陰性菌に対する抗菌活性試験を実施する。当初の予定では取得した菌株から抗菌物質の精製と構造決定を進める予定であったが、抗菌活性が不安定なものが多いため、精製が困難だと判断される場合はゲノム配列の情報から生合成遺伝子を特定するための実験も進める。さらに前年度に引き続き、グラム陰性菌に特異的な抗菌活性を示す物質生産菌の単離については継続して実施する。これまで単離された目的の菌株は、全てMH培地で25℃、3日以上培養した条件で得られているため、新たな単離源を試みる際には本条件は必ず実施するようにする。さらに次年度は、池の水以外の環境(土壌や海水)から単離保存している研究室ライブラリーストックから抗菌活性を示す菌の探索も進める。
抗菌物質生産菌の全ゲノム配列解析のための予算を計上していたが、候補となる菌株が複数取得でき、16S rRNA遺伝子配列の情報から新種の可能性がある菌も5菌株得られたことから、菌株を絞り込むことができなかった。そのため、その解析の予算を使用しなかった。次年度は、候補菌株の生理・生化学性状を調べることで菌株を選抜し、全ゲノム配列解析のための費用として支出を予定している。
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mBio
巻: 13 ページ: -
10.1128/mbio.00700-22